ヴァン・ダインが選ぶ推理小説ベスト7

 ネット上でもそうだが、ヴァン・ダインが選んだ英国ミステリの「ベスト11」なるものを時折見かける。その内訳を挙げれば、

 E・C・ベントリー 『トレント最後の事件』
 A・E・W・メイスン 『矢の家』
 F・W・クロフツ 『樽』
 ハリントン・ヘクスト 『誰が駒鳥を殺したか』
 イーデン・フィルポッツ 『赤毛のレドメイン家』
 オースティン・フリーマン 『オシリスの眼』
 ロナルド・ノックス 『陸橋殺人事件』
 A・フィールディング 『停まった足音』
 A・A・ミルン 『赤い館の秘密』
 H・C・ベイリー フォーチュン氏シリーズ
 G・K・チェスタトン ブラウン神父シリーズ

というものだ。
 
 ところが、よくよく確認すると、ヴァン・ダインはそんな「ベスト11」を選んだことはない。
 上記の諸作品は、1927年に、ヴァン・ダインが本名のウィラード・ハンティントン・ライト名義で編纂したアンソロジー『世界推理小説傑作集』の序文(邦訳は『ウィンター殺人事件』創元社に収録)の中に出てくるもの。「ここに言及したものは英国の急速に増加している推理小説の宝庫のなかで、とくに注目に値するものを、ほんの数編拾いあげただけ」として列挙しているものだ(同書206頁:井上勇訳)。
 これを、あたかもヴァン・ダインが選んだ「ベスト」集の如きものとしてリストにして掲げたのは、ほかならぬ江戸川乱歩氏のようだ。我が国における乱歩の権威もあってか、このヴァン・ダインの「ベスト11」なるものは、その後も一人歩きしていて、今日なお、いろんなところで引用されている。

 実は、ヴァン・ダインは、1928年に、自らが選んだ推理小説のベスト7長編を、米チャールズ・スクリブナーズ・サンズ社から、“The S.S. Van Dine Detective Library”という6巻本にまとめて出している。
 その内訳を列挙すれば、

 アーサー・コナン・ドイル 『四つの署名』
 イズレイル・ザングウィル 『ビッグ・ボウの殺人』
 オースティン・フリーマン 『オシリスの眼』
 A・E・W・メイスン 『矢の家』
 ガストン・ルルー 『黄色い部屋の謎』
 フィリップ・マクドナルド 『鑢』
 F・W・クロフツ 『樽』
 
である。(最初の二作は一巻にまとめて収録されている。)

 前記の「ベスト11」と比較すれば、部分的にしか一致していないことが分かるだろう。両者に共通するのは、『オシリスの眼』、『矢の家』、『樽』だけだ。
 ルルーはフランス人なので、「英国ベスト」に入らないのは分かるが、ドイルやマクドナルドという純英国作品が「ベスト11」から外れているのは整合性がとれない。このことも、そもそも上記の11作品が「ベスト」として選ばれたものではないという見方を補強する。
 あくまで私見だが、後者の7長編の方が、よほどヴァン・ダインらしい、妥当な「ベスト」の選択のように思える。『赤い館の秘密』はともかくとして、『陸橋殺人事件』や『赤毛のレドメイン家』、さらにはフィールディングの『停まった足音』などは、首を傾げたくなるような選択だからだ。
 ところが、我が国では、「ヴァン・ダインのベスト11」なるものが祭り上げられてきた結果、これらの作品も、海外での評価と対照的にしばしば珍重され、『停まった足音』にいたっては、本格ファン垂涎の的として紹介が切望され続けたあげく、近年ようやく邦訳が出たはいいものの、あまりの期待外れに、あちこちで失望の声を聞くありさまである。
 前記序文を読んでも明らかなように、クリスティを毛嫌いしたライトは、彼女の作品をいずれにおいても選んでいない。そうした偏向はあるものの、この7長編はなかなか見識のある選択と評価したい気になる。
 今日であればそう頻繁にベストに選ばれる作品ではないが、『オシリスの眼』、『黄色い部屋の謎』、『鑢』、『樽』は、いかにも古典的な謎解き探偵小説の見本のような作品であり、推理小説を「小説の形を借りた複雑で、拡大された謎」と定義づけた彼らしい選択といえる。
 『ビッグ・ボウの殺人』や『黄色い部屋の謎』のような密室物を選んでいる点も注目されるが、いずれも不可能犯罪という視点より、謎解きのプロットを全体として評価したとみるべきだろう。
 なにはともあれ、「ヴァン・ダインが選んだベスト」なるものを引用する時は、今後は是非こちらの7長編を引用してほしいものだ。乱歩が、ねつ造とまでは言わないにしても、勝手にベスト集に祭り上げてしまったリストより、こちらのほうが、はるかにそう呼ばれるにふさわしい作品群と思うからだ。
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