V・L・ホワイトチャーチ『ソープ・ヘイズルの事件簿』

 この短編集は、随分前にルートレッジ社から復刻された版で読んでいたのだが、最近、邦訳が出たと知り、借りて久しぶりに再読した。私が読んだ復刻版の表紙は、邦訳の解説にも写真が掲載されているが、原書は初版に載っていた巻頭巻末の広告などもそのまま載せていて、当時を偲ぶよすがとしても興味深い。ブライアン・モーガンによる序文も貴重なものだ。
 収録されている作品の中でも、「サー・ギルバート・マレルの絵」は大変有名な作品で、私も子どもの頃に読んでわくわくした思い出の作品である。1979年に講談社文庫から小池滋氏の編による『鉄道推理傑作選』というアンソロジーが出ていて、そこにソープ・ヘイズルの登場する作品がさらに二編(「ロンドン中北鉄道の惨劇」と「盗まれたネックレース」)収録されていて読むことができた。子どもの頃だったせいもあるだろうが、菜食主義者で変な体操をするこの探偵が妙に魅力的で、ほかにも作品があるのなら読んでみたいという思いに駆られたものだった。その後、「ドイツ公文書箱事件」の邦訳も別のアンソロジーに収録されて出たが、全貌が紹介されたのはようやく昨年のことだったわけだ。
 不可能興味の横溢する作品が多く、そこがこの短編集の魅力と長所でもあるのだが、年長じてから読むと、どこまで実行可能なのかという厳しめの見方をしてしまいそうになるのも事実だろう。また、邦訳の解説を書いておられる戸川安宣氏も述べているように、人物の描き込みが乏しく、子どもの頃にはあれほど興味深いと思った探偵も、今にして思うと、奇癖を付加されただけの平板なキャラクターと分かる。あまり指摘されることはないが、「盗まれたネックレース」で、「ぼくの鉄道ミステリーの最後の捜査(the last of my little investigations of railway mysteries)」と自ら「最後の事件」を宣言してしまうのも実は驚きで、『トレント最後の事件』、『カーテン』、『ドルリー・レーン最後の事件』のように、プロットとしての必然性や作者側の特別な思惑があるような例はともかく、こんなふうに探偵自身にあっさり退場宣言をさせた例は珍しい。いかにキャラクターに思い入れがなかったかという証左でもあるだろう。
 ただ、私自身は鉄道ファンではないが、当時のイギリスの鉄道事情の描写を興味深いと思うのは鉄道ファンだけではないだろう。戸川氏は訳者の小池滋氏に解説を書いてもらうのが一番だったと述べておられるが、小池氏は上記『鉄道推理傑作選』が刊行された直後に、「EQ」1979年9月号に「ミステリーと鉄道」というエッセイを寄稿し、イギリスの鉄道の歴史とミステリーの関わりやソープ・ヘイズルについても紹介しておられる。このエッセイでは「側廊(コリドー)」と「客車室(コンパートメント)」の成り立ちについても触れられていて、収録作品を理解する上でもなかなか有益であり、再録されなかったのが惜しいほどだ。
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