ジャック・フットレル「ラルストン銀行強盗事件」(三)



 《思考機械》は、フレイザー頭取、ウェスト支配人、ハッチをあとに従えて支配人の個室に戻った。
 「この部屋で話をして、誰かに立ち聞きされるおそれはありませんか?」と彼は聞いた。
 「ありません」と頭取は答えた。「幹部はここで会議を開きますので」
 「たとえば、部屋の外にいる者にこの音が聞こえますかな?」いきなり手を振り上げて、重い椅子をひっくり返した。
 「分かりませんが」と驚き声で答えが返ってきた。「どうしてですか?」
 《思考機械》はすぐさまドアのほうに行き、そうっと開けて外を覗くと、再び閉じた。
 「忌憚のない話をさせてもらっていいですかな?」と聞いた。
 「もちろん」と老銀行家は驚き顔で答えた。「当然ですとも」
 「あなたは難解な問題を提示なさった」《思考機械》は話を続けた。「結果がどうあれ、解決を求めておられるんでしょうな?」
 「もちろんです」頭取は今度もきっぱりと言ったが、その口調は重々しく、振り払いきれない恐怖がにじんでいた。
 「ということであれば」と《思考機械》は記者のほうを向いた。「ハッチ君、いくつか確かめてほしいことがある。まず、ミス・クラークが、現在もしくは過去に、スミレの香水を使っていたか知りたい。過去に使っていたのなら、使うのをやめたのはいつかもだ」
 「分かりました」と記者は言った。銀行の役員たちは、わけが分からぬまま目を見合わせた。
 「それと、ハッチ君」科学者は、奇妙な目を細めながら支配人の顔をじっと見つめた。「ここにいるウェスト氏のお宅に行き、服の洗濯屋の表示を自分の目で確かめるのと、氏ないし家族の誰かがスミレの香水を使ったことがないか、しかと確かめてきてほしい」
 支配人はいきなり赤面した。
 「この場でお答えしますよ」と彼は怒りを込めて言った。「ありません」
 「もちろん、そうおっしゃるでしょうな」と《思考機械》はそっけなく言った。「頼むから邪魔しないでください。言われたとおりにしてくれ、ハッチ君」
 ハッチは、この男の奇妙なやり方には慣れていたこともあり、この調査の目的がなんとなく理解できた。
 「収納係はどうしますか?」と聞いた。
 「彼のことはいい」と答えが返ってきた。
 ハッチはドアを後ろ手に閉めながら部屋を出た。離れていく途中で、ドアにかんぬきが掛けられる音が聞こえた。
 「この際申し上げさせていただきますがね、ヴァン・ドゥーゼン教授」と頭取は言った。「我々ははっきり確信しておりますが、ウェスト氏が事件に関係しているとか、なにか知っているなんて不可能だと・・・」
 「不可能なことなど存在しない」と《思考機械》はさえぎった。
 「でも、私は・・・」とウェストは腹を立てて言いかけた。
 「まあ、ちょっと待ちなさい」と《思考機械》は言った。「誰もあなたを告発などしていませんよ。私はただ、あなたのハンカチがどうしてこの銀行にあったのかを納得いくように説明し、お望みのとおり、嫌疑を晴らして差し上げようとしているのです」
 支配人は椅子に深々と座り、フレイザー頭取は両者をかわるがわる見た。頭取は、さっきまでは心配そうな顔をしていたが、今はただ驚くばかりという表情だった。
 「あなたのハンカチがこの銀行で見つかったが、どうやら金庫を爆破した連中が落としていったようだ」《思考機械》は、話しながら、長くほっそりした両手の指先を合わせた。「前夜にはなかったものだ。掃除をした用務員がそう証言している。たまたま目撃したダンストンも同じ証言をしている。ミス・クラークとダンストンは口を揃えて、銀行から帰る際にあなたがハンカチを持っていたと証言している。したがって、そのハンカチは、あなたの帰ったあと、強盗が露見する前に、その場所にもたらされたことになる」
 支配人はうなずいた。
 「あなたは香水を使っていないし、家族も使っていないと言いましたね。ハッチ君がその裏付けをとれば、あなたの嫌疑を晴らすのに役立つでしょう。だが、ハンカチがあなたの手を離れてから、この場所に現れるまでに、それに触れた者は香水を使っていたのです。さて、その人物とは誰か? その機会があったのは誰なのか?
 あなたがハンカチをなくし、たまたまそれが強盗どもの手に渡り、その強盗が香水を使っていて、さらには、そのハンカチを銀行に――それもあなた自身の銀行にだ!――持ってきて、そこに残していった、などという可能性はまず除外していい。そんな状況が生じる偶然の連鎖など、百万に一つの可能性もないでしょう」
 《思考機械》はしばらく口を閉ざし、目を細めて天井をじっと見つめた。
 「たとえば、洗濯屋かどこかでなくしたというなら、今申し上げた偶然が起きたことになるわけで、その可能性はほぼ除外されます。したがって、ハンカチを手に入れるチャンスを考えれば、この銀行に勤めている者が、強盗事件にもかかわりがあったか、一味の一人だったとみていい。いや、間違いなくそうです」
 《思考機械》はまったく静かな口調で話していたが、その効果は絶大だった。老頭取は、よろめきながら立ち上がり、 《思考機械》のほうをぼんやりと見つめた。またもや支配人は上気して顔を赤く染めた。
 「その人物は」と《思考機械》は淡々と続けた。「ハンカチを見つけ、強盗の際にうっかり落としてしまったか、あるいは、ハンカチを盗んで、意図的に残していったかのどちらかですよ。今申し上げたように、ウェスト氏は除外していいでしょう。彼が強盗の一味だったら、わざとハンカチを落としたりはしません。ですので、彼は香水も使っていないし、したがって、発見された場所に自分でハンカチを落としたのではないと想定することにしましょう」
 「不可能だよ! そんなことは信じられんし、うちの職員にかぎって・・・」とフレイザー氏が言いかけた。
 「不可能という言葉は使わないでいただきたい」と《思考機械》がさえぎった。「その言葉にはひどくいらいらさせられるのです。すべては一つの決定的な問いに集約される。つまり、銀行内で香水を使っている者は誰か、ということです」
 「知りません」と二人の役員は答えた。
 「私は知っている」と《思考機械》は言った。「二人しかいない。収納係のダンストンとミス・クラークです」
 「だが、彼らは・・・」
 「ダンストンは、ハンカチに残っていたのと、似ているどころか、まったく同じスミレの香水を使っています」と《思考機械》は続けた。「ミス・クラークは、強いバラの香りの香水を使っています」
 「だが、二人とも、この銀行の中でも、最も信用のおける職員だ」とフレイザー氏は力を込めて言った。「それに、彼らは金庫を爆破する方法など知るまい。警察の話では、プロの仕業だということだぞ」
 「フレイザーさん、多額の金策を試みたり、最近実際に工面したりしたことは?」と科学者はだしぬけに尋ねた。
 「ええ、まあ」と頭取は言った。「工面しましたよ。ここ一週間、自分の個人口座で九万ドルの金策をしてきました」
 「あなたは、ウェストさん?」
 支配人はかすかに顔を赤くした。質問の口調が気に食わなかったのかもしれないが、ちょっと間があいた。
 「いえ」とようやく答えた。
 「分かりました」と科学者は言うと、立ち上がり、手をこすり合わせた。「では、職員たちを身体検査しましょうか」
 「なんですって?」と二人の男は声を上げた。フレイザー氏が言い添えた。「あまりに馬鹿げている。何の意味もない。それに、銀行強盗なら、ほかならぬその銀行に、強盗の証拠を持ち込んだり、まして、盗んだ金を携えてきたりはせんだろうに」
 「銀行ほど安全な場所はありませんよ」と《思考機械》は反論した。「職員が強盗犯の一人なら、金も携えているというのは、おおいにあり得ることですよ。むしろ、そうでないほうが考えにくいですね。あなた方が職員を疑うはずがないと見越しているからです。犯人がウェスト氏だとすれば別ですが」
 彼はひと息ついた。「身体検査は私がやりますよ。もちろん、女性三人は別ですが」と顔を赤らめながら言い添えた。 「女性たちは、二人組みにして、お互いに検査させればいいでしょう」
 フレイザー氏とウェスト氏は、しばらく小声で話し合った。
 「職員たちが同意するなら、かまいませんよ」フレイザー氏はようやく言った。「なんの役にも立たんとは思いますがね」
 「皆さんも同意しますよ」と《思考機械》は言った。「全員、この部屋に呼んでください」
 困惑と驚きが広がる中、銀行内の女性三人、男性十四人が支配人室に集められ、外側のドアも施錠された。《思考機械》は、彼らしい簡潔さで語りかけた。
 「昨夜の強盗事件の調査にあたって」と説明をはじめた。「この銀行の職員全員を身体検査する必要が出てきました」驚きを表すささやき声が部屋中を駆け巡った。「やましいところのない者であれば、もちろんご異議なきものと思います。ご了解いただけますね?」
 あちこちで互いにささやきあう声が起こった。ダンストンは怒りで顔を上気させた。ミス・クラークは、フレイザー氏のそばに立っていたが、わずかに青ざめた。ダンストンは彼女のほうを向いて話しかけた。
 「女性たちはどうするのですか?」と彼は聞いた。
 「女性たちもです」と科学者は言った。「女性は女性同士で互いに検査してもらう。もちろん、別の部屋でね」
 「ぼくはそんな手続きには従わんぞ」ダンストンはずけずけと言った。「恐れてるからじゃない。侮辱だと思うからだ」
 銀行役員も《思考機械》も同時に気づいたが、ハンカチの香水と同じ香水を使っていた銀行職員が真っ先に身体検査に異議を唱えたのだ。支配人と頭取は、驚いたように互いを見交わした。
 「私もいやだわ」と女の声がした。
 《思考機械》は彼女のほうに目を向けた。ミス・ウィリス。室外受付の速記係の一人だ。ミス・クラークともう一人の女性職員は青ざめたが、どちらもなにも言わなかった。
 「ほかに異議のある方は?」と《思考機械》は聞いた。
 あとはみな黙って従う構えだった。男たちが前に進み出ると、科学者はいかにも型どおりに身体検査していった。なにもなし! ついに残るは三人だけ。ダンストン、ウェスト、フレイザーだ。ダンストンは、ほかの連中が従った以上、仕方がないとばかりに進み出た。女性三人は一か所に固まっていた。《思考機械》は、ダンストンの身体検査をしながら、女性たちに語りかけた。
 「ご婦人方は別室に行って、自分たちで身体検査をしていただきたい」と言った。「金が出てきたら、私のところへ持ってきてください。ほかのものはけっこうです」
 「いやよ、冗談じゃない」とミス・ウィリスはいきなり叫んだ。「こんなのひどいわ」
 ミス・クラークは真っ青に青ざめ、気を失いそうになり、両手を上げて、なにも言わずにフレイザー頭取の腕の中に飛び込んだ。とたんに、わっと泣き出した。
 「ひどい」彼女はすすり泣いた。フレイザー頭取にしがみつくと、両手を振り上げ、頭取の胸に顔をうずめた。頭取は父親のように語りかけながらなだめ、彼女の髪をぎこちなく撫でた。《思考機械》はダンストンの身体検査を終えた。なにもなし! すると、ミス・クラークは気を取り直し、涙目を拭いた。
 「もちろん、従わなきゃいけないわよね」目に怒りをにじませながら言った。
 ミス・ウィリスも泣いていたが、ダンストンと同様、従うしかなく、女性三人は隣の部屋に移動した。張りつめた沈黙が続いたあと、彼女たちは戻ってきた。いずれも首を横に振った。《思考機械》はがっかりしたようだった。
 「おやおや!」と声を上げた。「では、フレイザーさんだ」頭取のほうに行くと、立ち止まってスカーフ止めを拾い上げた。
 「あなたの物ですな」と言った。「落ちましたよ」と言うと、老頭取の身体検査をしにかかった。
 「なに、私まで調べる必要があると?」頭取は驚き顔でそう言い、思わず身を引いた。「私は・・・私は頭取ですぞ」
 「ほかの職員も、あなたの立ち会いのもとで身体検査を受けました。あなたも、職員の立ち会いのもとで身体検査させてもらいますよ」《思考機械》は辛らつに言った。
 「だが・・・そうは言っても・・・」頭取は口ごもった。
 「なにか心配なことでも?」科学者は問いただした。
 「いや、あるはずがない」慌てて答えが返ってきた。「だが・・・あまりに常軌を逸しているよ」
 「こうするのが一番ですよ」《思考機械》はそう言うと、頭取が身をかわすより早く、そのほっそりした指を胸の内ポケットに滑り込ませた。そこからすぐさま、百ドル紙幣百枚、すなわち、一万ドルの札束を取り出した。札束には、「P・D」という収納係のイニシャルと、「o・k-R・W」という文字が記されていた。
 「なんだと!」フレイザー氏は真っ青になって叫んだ。
 「おやおや!」《思考機械》は再びそう言うと、猟犬が臭跡を嗅ぐみたいに、紙幣の束を興味深そうにくんくんと嗅いだ。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示