ジャック・フットレル「ラルストン銀行強盗事件」(四)



 フレイザー頭取は、危篤状態で家に担ぎ込まれた。彼の高齢では、ショックに耐えられなかったのだ。うわごとを言ったり、わけの分からぬことをつぶやいたりというありさまで、目は恐怖で大きく見開いたままだった。フレイザー頭取が運ばれていくと、《思考機械》とウェストは話し合い、その結果、もう一度、緊急の重役会が開かれた。会議では、ウェストが臨時で議長を務めた。むろん、警察は事態を知らされたが、逮捕に踏み切りそうにはなかった。
 《思考機械》が銀行を出ると、すぐハッチがやってきて面会を求めた。銀行から科学者の家まで直接やってきたのだ。 ヴァン・ドゥーゼン教授は、身をかがめて、ある問題への反論を書くことに集中していた。
 「それで?」と、教授は目を上げながら聞いた。
 「ウェストが言ったことは本当ですよ」ハッチは説明をはじめた。「彼も家族も、香水は使っていません。家族や職場以外に知り合いはほとんどおらず、生活習慣も規則正しいし、かなりの資産家のようです」
 「銀行で得ている給与はいくらかね?」と《思考機械》は聞いた。
 「年一万五千ドルです」と記者は答えた。「しかし、莫大な資産を持ってるに違いありません。百万長者のように暮らしてますから」
 「年一万五千ドルでそんな生活は無理だな」と科学者はつぶやいた。「遺産でも相続したのかね?」
 「いえ」とハッチは答えた。「ふりだしは銀行の事務員で、あとはたたき上げですよ」
 「それは検討に値するな」と《思考機械》は言った。「年一万五千ドルほどの給与で、貯蓄をするだけでは、巨額の資産は築けない。ならば、ハッチ君、彼の取引関係を洗いざらい調べてくれるかね。特に知りたいのは、彼の収入源だ。それと、最近、多額の金を借りたり、受け取ったりしているかだな。それが事実なら、その金をなにに使ったかだ。自分では、多額の金を工面してはいないと言っている。おそらくはそのとおりだろう」
 「分かりました。で、ミス・クラークですが・・・」
 「うむ。彼女のほうはどうかね?」と《思考機械》は聞いた。
 「高級地区にある女性用の下宿に小さな部屋を借りています」と記者は説明した。「訪ねてくる友人はいません。ただ、時おり夜出かけて、帰りが遅いようです」
 「香水は?」と科学者は聞いた。
 「香水は使ってます。家政婦から聞きました。でも、種類までは憶えてませんでしたよ。家で香水を使ってる若い女性は、たくさんいるそうですから。そこで、彼女の部屋に行って、確かめてみたんです。香水はありませんでした。部屋はひどく散らかっていて、家政婦も驚いてましたよ。九時にはきちんと整頓したのに、ってね。私が行ったのは二時でしたからね」
 「どんなふうに散らかっていたのかね?」と科学者は聞いた。
 「まず、寝床のカバーがくしゃくしゃになっていて、枕も転がり落ちてました」と記者は言った。「ほかは気づきませんでしたね」
 《思考機械》は黙り込んだ。
 「銀行でなにがあったんですか?」とハッチは尋ねた。
 科学者は、身体検査にいたるまでの経緯と、その驚くべき結果について簡単に説明した。記者は口笛を吹いた。
 「フレイザーが関与していたと思いますか?」
 「ウェストのことをもっと調べてきてほしい」《思考機械》ははぐらかすように言った。「今夜ここに戻ってきてくれたまえ。時間にはこだわらないから」
 「でも、犯行は誰の仕業だと?」記者はなおも食い下がった。
 「戻ってきたときには話せると思う」
 《思考機械》は、さしあたり銀行強盗の件は忘れたらしく、小さな実験室で作業に没頭した。そこに、電話のベルが鳴って、作業を中断された。
 「もしもし」と彼は言った。「はい、ヴァン・ドゥーゼンです。いえ、今は銀行には行けません。どうかしましたか? ほう、消えてしまったんですか? いつ? そりゃ困った! フレイザー氏はどんな具合ですか? まだ意識不明? お気の毒に! では、また明日」
 科学者は、夜八時を過ぎても、難しい化学実験に携わっていたが、家事を取り仕切っている家政婦兼女中のマーサが実験室に入ってきた。
 「教授」と言った。「女性の方が面会に来られました」
 「名前は?」と彼は振り向きもせず聞いた。
 「おっしゃいませんでした」
 「では、すぐに行くよ」
 作業中の検査を切り上げ、小さな実験室を出ると、居間に続く玄関ホールに入っていった。約束のない来客がいつも待たされる場所だ。玄関ホールに入りながら、鼻を軽く嗅いだ。居間の入り口で立ち止まり、中を覗き込んだ。女が立ちあがり、近づいてきた。ミス・クラークだ。
 「こんばんは」と彼は言った。「いらっしゃると思いましたよ」
 ミス・クラークは少し驚いたようだったが、なにも言わなかった。
 「お知らせしたいことがあってまいりました」と彼女は言うと、声を落とした。「あんな恐ろしいことが起きて、胸潰れる思いですわ。その・・・フレイザーさんのことですけど。あの方とは何か月も親しく接しましたし、あの方が事件に関与していたなんて、信じられないんです。多額のお金を必要としてたのはよく存じてますけど。九万ドルですわ。個人資産が危機に瀕してたんです。不動産の権利関係で間違いがあったとかで」
 「ほう、なるほど」と《思考機械》は言った。
 「資金繰りができたかどうかは存じません」と彼女は続けた「できたのならよろしいんですけど。その、あんなことをせずに・・・つまり・・・」
 「自分の銀行を強盗せずに、ということだね」と科学者は辛らつに言った。「ミス・クラーク、ダンストン君は君を愛しているのかね?」
 娘は唐突な質問に顔色を変えた。
 「おっしゃる意味が・・・」と言いかけた。
 「分からんかもしれんね」と《思考機械》は言った。「だが、彼を強盗犯として逮捕させ、告発することもできるのだ」
 娘は恐怖で目を見開いて彼を見つめ、息を飲んだ。
 「うそ、うそよ」彼女は急きこんで言った。「関与してたはずがないじゃないの」
 「彼は君を愛しているのかね?」と再び質問した。
 一瞬、沈黙があった。
 「だと思いますわ」彼女はようやく言った。「でも・・・」
 「君のほうは?」
 娘の顔はいまや真っ赤になった。科学者は、彼女の目をじっと見つめ、答えを読み取った。
 「分かったよ」彼は辛らつに言った。「結婚するつもりなのかね?」
 「私・・・彼とは結婚できません」彼女はいきなり息を飲んだ。「だめなんです」ときっぱりと言った。「絶対に無理です」
 彼女は取り乱した様子からゆっくりと立ち直ったが、そのあいだ、科学者は彼女を興味深そうに見つめていた。
 「なにか知らせたいことがあるとのことでしたな?」と聞いた。
 「ええ・・・」と彼女は口ごもった。それから少し落ち着くと、「そうなんです。お知らせしたかったのは、あなたがフレイザーさんのポケットから取り出した一万ドルの札束が、また消えてしまったということなんです」
 「ほう」と相手は驚きもせずに言った。
 「銀行では、頭取がどうにかしてお金を取り戻し、家に持ち帰ったのだと推定したようですけど、いくら調べても、そのことは明らかにできませんでした」
 「ふむ。それで?」
 娘は、大きく息を吸い、意を決したように、科学者の目をじっと見つめた。
 「お伝えするために来たんです」と彼女は言った。「銀行強盗の男の名を」
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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