ジャック・フットレル「ラルストン銀行強盗事件」(五)



 《思考機械》が驚きか興奮の色でも見せるかとミス・クラークが期待したとすれば、さぞがっかりしたに違いない。身じろぎもしなければ、彼女のほうを見向きもしなかったからだ。むしろ、どんよりした目であらぬ方向をじっと見つめた。
 「それで?」と彼は聞いた。「話せば長いんだろう。最初から話してくれたまえ」
 慎ましやかにためらう様子を見せつつも、娘は話しはじめた。時おり話す途中で唇をかすかにふるわせた。
 「私は七年間、速記係兼タイピストとして働きました」と言った。「その間に働いた職場は四つだけでした。最初はニューヨークの法律事務所でした。その地で両親を亡くしましたので、自分で生計を立てなくちゃならなかったんです。二つ目は、同じくニューヨークで、製造業関係でした。三年前にそこを辞めて、ウィリアム・T・ランキンの私設秘書の職を得ました。コネティカット州ハートフォードの某国立銀行の頭取ですわ。そこからボストンに来て、のちにラルストン銀行でフレイザーさんの私設秘書という職を得たんです。ハートフォードの銀行を辞めたのは、銀行が事業に失敗したからです。銀行強盗に遭ったためですわ」
 《思考機械》はすぐに彼女のほうを向いた。
 「新聞記事でご覧になったかと・・・」と彼女は言いかけた。
 「私は新聞を読まないのだ」と彼は言った。
 「まあ、それはともかく」話の腰を折られて、もどかしげな様子を見せた。「その銀行で起きた強盗も今回の事件と似ていました。盗まれたのは七万ドルにすぎませんでしたが、小さな銀行でしたし、強盗のせいで経営に行き詰り、破綻してしまいました。そこの職に就いてたった半年のことでしたわ」
 「ラルストン国立銀行ではどれだけ勤めているのかね?」
 「九か月です」と彼女は答えた。
 「以前の仕事ではお金を貯めたかね?」
 「そうね、給与はわずかだったし・・・たいして貯められなかったわ」
 「ハートフォード銀行を辞めてから今の職に就くまで、二年間、どうやって食べてきたのかね?」
 娘は少し口ごもった。
 「友人たちから支援を受けたんです」彼女はようやく言った。
 「話を続けたまえ」
 「ハートフォードの銀行は」と彼女は続けたが、目にはかすかに怒りの色が浮かんでいた。「ラルストン国立銀行と同じような金庫を持っていました。それほど大きくはありませんでしたけど。今回と同じやり方で爆破されたんです」
 「ふむ、なるほど」と科学者は言った。「その事件で逮捕された者がいるから、その男の名を教えたいというわけだね?」
 「そうです」と娘は言った。「ウィリアム・ディニーンというプロの強盗です。彼はその事件で逮捕され、犯行を自供しました。その後、脱獄したんです。逮捕されたあと、自分はどんな金庫でも爆破できると豪語してました。爆発物を設置する穴を穿つのにも自家製の発明品を使ったんです。その時の金庫も見ましたし、今回の金庫も見ました。二つともとてもよく似ています」
 《思考機械》は彼女を見つめた。
 「なぜ私にそんな話を?」と聞いた。
 「あなたが銀行の依頼を受けて捜査していると知ったからです」と彼女はためらいもなく答えた。「それに、警察に告げ口したと陰口をたたかれるのも嫌でしたし」
 「そのウィリアム・ディニーンが逃げおおせたままであれば、彼が犯人だと思ってるんだね?」
 「まず間違いないと思いますわ」
 「ありがとう」と《思考機械》は言った。
 ミス・クラークは帰っていき、その夜遅く、ハッチがやってきた。疲れた様子で椅子に深々と座ったが、目には満足の色が浮かんでいた。彼は一時間ほど語り続けた。《思考機械》もついに満足したようだった。
 「あと一つ」と彼は最後に言った。「ウィリアム・ディニーンを探せと警察に知らせてくれたまえ。プロの銀行強盗だ。そいつの仲間たちについてもな。仲間の名前は、ハートフォードの銀行強盗の関連記事に出ているよ。今度の事件でも指名手配させるのだ」
 記者はうなずいた。
 「フレイザー氏が回復したら、この家でちょっとしたパーティーを開くつもりだ」と科学者は言った。「不意打ちのパーティーになるだろう」
 二日後、警察はまだ捜査の確かな足がかりを模索しているようだったが、《思考機械》はフレイザー氏の容態が快方に転じたとの知らせを受けた。すぐさまマロリー部長刑事を呼び、長時間話し込んだ。部長刑事は、大きな口髭を引っ張り、笑みを浮かべながら帰って行った。その日の午後、彼は三人の部下とともに、特別な使命を帯びて警察署を出ていった。
 その夜、ささやかな「パーティー」が《思考機械》の住まいで開かれた。最初に到着したのはフレイザー頭取だった。顔色が悪く、本調子ではなかったが、いら立ちでかっかしている様子だった。そのあと、ウェスト、ダンストン、ミス・クラーク、ミス・ウィリス、それに、チャールズ・バートンがやってきた。バートンは事務員で、ミス・ウィリスとの婚約が発表されたばかりだった。
 出席者がそろうと、いずれも好奇の目でもの問いたげに互いを見つめあった。しかし、それも《思考機械》がせかせかと指をこすり合わせながら入ってくるまでだった。続いて、ハッチがみすぼらしい旅行鞄を持って入ってきた。記者は、興奮を抑えきれないという表情を浮かべていた。型通りの挨拶がすむと、科学者は話しはじめた。
 「ただちに核心に入らせてもらう」と最初に告げた。「当然のことながら、ラルストン銀行の職員にプロの強盗はいない。だが、今回の強盗に関与し、盗まれた金の分け前にあずかり、計画を立てて実行を手助けした者が、今まさにこの部屋にいるのだ」
 たちまち一同は驚きに打たれたが、口に出して言う者はなく、ただ表情に表すばかりだった。
 「それと、言っておくが」と科学者は続けた。「私の話が終わるまで、誰もこの部屋から出ることは許されない」
 「許されないだと?」とダンストンは問い返した。「俺たちは囚人じゃないぞ」
 「私がいいと言えば、出て行ってもかまわない」という返答を受けると、ダンストンは茫然として椅子の背にもたれた。そわそわとほかの同席者たちの顔を見まわしたが、彼らもダンストンのほうを不安げに見るばかりだった。
 「強盗に関して君たちが知っている事実は」と《思考機械》は言った。「金庫が爆破されて大金が盗まれ、ウェスト氏のハンカチが金庫のそばで見つかったということだ。では、私が知った事実をお話ししよう。まず、フレイザー頭取のことからだ。
 フレイザー氏に対しては、ほかの人たちよりも不利な直接証拠がある。ポケットから、盗まれた金の一部である一万ドルの札束が見つかったからだ。フレイザー氏は、この強盗事件が起きる前に、九万ドルの金を必要としていた」
 「しかし・・・」老頭取は真っ青になって言いかけた。
 「気になさるな」と科学者は言った。「次はミス・ウィリスだ」好奇心に満ちた視線が彼女に注がれた。彼女もすぐさま青ざめた。「彼女に対しては、ほかの人たち以上に不利な直接証拠があるわけではない。ミス・ウィリスは身体検査をきっぱりと拒んだ。ほかの二人が受け入れたせいで自分も仕方なく受け入れるまではね。なにも見つからなかったという事実は、この問題とは無関係だ。要は、検査を拒んだということなのだ。
 次はチャールズ・バートンだ」情け容赦ない声が静かに語り続けた。まるで数学上の問題を論じているだけのようだった。「バートンはミス・ウィリスと婚約している。野心家でもある。最近、株投資で二万ドルをすった。全財産だ。身体検査を拒んだこの女性に快適な家を与えてやるためには、さらに金が必要だった。
 次は、フレイザー氏の秘書、ミス・クラークだ。彼女が香水を使用していたことと、ウェスト氏のハンカチにかすかな残り香があったことから、最初から要注意人物だった。ミス・クラークが、何年もスミレの香水を使用していたのに、強盗のあった翌日に、スミレの香りを打ち消すように、急に強いバラの香りの香水を使いはじめたのも事実だ。ご存じのとおり、ミス・クラークは身体検査の際に気を失った。しばらく前まで、今回と同様の強盗に遭った銀行に勤めていたことも付け加えておこう」
 ミス・クラークは一見落ち着いて、ほんのり笑みまで浮かべていたが、顔色は真っ青だった。《思考機械》はちらりと彼女のほうを見たが、すぐにウェスト支配人に目を向けた。
 「見つかったハンカチはこの男の物だ」と言った。「だが、香水は使っていないし、過去にも使ったことはないがね。強盗が中に入れるように、自分の個室の窓を施錠せぬままにしておく機会を第一に持っていたのもこの男だ。花崗岩を脆弱化させ、鋼鉄の棒を引き抜きやすいように、棒の受け口部分の花崗岩に化学薬品をかけておく機会も、この男が第一に持っていた。この男は誤った事実を私に伝えてもいる。巨額の資金繰りなどしたこともないと言っていたが、強盗のあった翌日、シカゴの銀行に十二万五千ドルを現金で預金している。盗まれた金の額は十二万九千ドルだ。まさにそこに座っている男の話だよ」
 全員の視線が支配人に注がれた。彼は息をのみ、なにか言おうとしたが、けっきょく椅子にどっしりと座った。
 「最後は、ダンストンだ」《思考機械》は話を続けたが、芝居がかったように収納係のほうを指差した。「ウェスト氏と同じく、銀行にある金の額を知る立場にあった。真っ先に身体検査を拒んだし、さっきの態度も見ただろう。この男は、ハンカチにあったのと同じスミレの香水を今もつけている。似た香りではなく、まさに同じ香りなのだ」
 沈黙、それも、あ然としたような沈黙が続いた。隣にいる者をあえて見ようとする者もいなかった。記者は張りつめた雰囲気を感じとった。ようやく《思考機械》が話を再開した。
 「繰り返すが、この強盗を計画し、関与した者は、今まさにこの部屋にいる。その人物が進んで告白するなら、受ける刑期も大きく違ってくるだろう」
 再び沈黙が続いた。そこへドアをノックする音がし、マーサが顔を出した。
 「殿方がお二人と警官が四人いらっしゃいました」と彼女は告げた。
 「犯人には共犯者たちがいる。金庫を実際に爆破した連中だ」科学者は芝居がかったように言った。「もう一度言う。罪を告白する者はいるかね?」
 誰からも反応はなかった。
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