ベイジル・ウィリングと第二次大戦

 “Twentieth Century Crime and Mystery Writers”(1980)に寄せたコメントの中で、マクロイは、初期作品における第二次大戦への言及が後年の版で削除されたのは間違いだったと語っている。戦争への言及は、今日、それ自体が歴史的な関心の的だという理由からだ。
 それだけでなく、大戦中に書かれたマクロイの作品は、しばしば戦争それ自体がプロットの重要な要をなしている。
 “The Goblin Market”(1943)は、南米のサンタ・テレサ共和国という架空の国の首都プエルタ・ヴィエハが舞台となっている。標題は、祖国を裏切ってナチスの潜水艦に燃料の石油を供給して儲けている取引を指すものだ。
 どの著作リストを見ても、この作品はウィリング博士物とされているが、肝心の博士はいくら読み続けても登場しない。フィリップ・スタークという文無しの記者が主人公だが、最後の最後で、この作品が正真正銘のウィリング博士物だと分かる仕掛けになっている。
 ミッチという(「キャパシティ」というあだ名で呼ばれる)女記者が、ウィリング博士の学説をスタークの前で引用する場面が出てくるが、彼女は、ニューヨークにいる博士に助言を請うため、小切手同封で事件の概要を手紙で送る。そして、最後に、なしのつぶてに業を煮やした彼女から、小切手を返してくれと求める手紙を博士が受け取るという結びなのだが、これがニヤリとさせられるオチなのだ。
 時代を反映して、一種の反枢軸国プロパガンダになっていて、謎解きとしては、それほど独創的なプロットや仕掛けを持っているわけではないが、今読んでも十分楽しめる作品に仕上がっている。
 この作品は、邦訳のある『ひとりで歩く女』の姉妹編的位置づけにあり、本作に脇役として登場するミゲル・ウリサール署長は、『ひとりで歩く女』では主役を務めることになる(“The Goblin Market”の事件が話題になる場面もあるが、邦訳は注も付けていないので、読んでいない者には分からない)。
 意外と人間味があって、マクロイが気に入って再登場させたのも分かるが、女記者のミッチと、スタークの部下ヴィセンテも、なかなか魅力的なキャラクターで、後続の作品で彼らを再登場させなかったのが惜しまれる。いつもは個性が希薄で存在感が乏しいウィリング博士だが、本作では一段と血の通った存在に感じられる。
 最後の場面で、ウィリング博士はスコットランドへの派遣を命じられ、“The One That Got Away”(1945)を予告する結びになっている。

 その“The One That Got Away”は、謎解きとしても見事な傑作だ。スコットランドの湿原地方を絵画的に描写しているのも素晴らしいが、プロットの独創性は、マクロイの作品中でも一、二を争うほどではないかと思う。
 護送車から逃げて、正体を隠して潜伏しているナチスの兵士は誰なのか。隠遁者の作家か、フランス人の家庭教師か、という謎を持続させながら、最後に意外な人物を指し示すことに成功している。
 伏線の張り巡らし方もいつもながらの手際の良さで、熟練した技量を感じさせる。戦後間もない時期の作品だけに、ナチスの存在が色濃く影を落としているが、その時代背景を、タイミングを逸することなく効果的にプロットに活用している点も特筆されていい。
 前半の語り手は、ダンバーという名の精神科医で、もしやウィリング博士の変名かと疑ったりしてしまうが、この点では肩透かしを食わされて、後半でちゃんとウィリング博士が登場し、冴えた推理を披露してくれる(軍役に服しているため、ウィリング大佐となっている)。これも作者が読者に仕掛けたサービスの一つだろう。

 なお、私の持っている“The Goblin Market”の米初版には、「フォトジャーナリズムの父」と呼ばれた写真家、アルフレッド・アイゼンスタットに宛てたマクロイの献辞が書き込まれている。

マクロイ署名


‘To Alfred Eisenstaedt – with many thanks for the indiscreet conversation that started this book on its say! Helen McCloy’

とあり、アイゼンスタットと何気なく会話した言葉がこの本の着想になったことが暗示されている。
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ジャンル : 小説・文学

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