ジャック・フットレル「ラルストン銀行強盗事件」(六-完)



 しばらく張りつめた沈黙が続いた。最初に口を開いたのはダンストンだった。
 「みんなはったりだな」と言った。「フレイザーさん、みんなに弁明と謝罪をしなくてはいけませんよ。特にミス・クラークとミス・ウィリスにはね」ちょっと考えてから付け加えた。「不面目な話だというのに、ちっとも善処しようとしない。ミス・クラークにはプロポーズしようと思っていたし、あえて彼女のために代弁させてもらいますよ。ぼくは謝罪を要求する」
 自分の怒りもあったが、ミス・クラークの痛々しくも哀願めいた表情に突き動かされ、青年は《思考機械》のほうに厳しい視線を向けた。二人の銀行役員の顔には当惑の色が浮かんでいた。
 「説明があって然るべしと言うんだね?」《思考機械》は穏やかに聞いた。
 「そうだ」と青年はどなった。
 「説明はさせてもらうよ」と静かな返答が返ってきた。猫背の科学者は、部屋を横切ってドアのほうに行った。外にいる誰かに話しかけ、また戻ってきた。
 「もう一度言うが、告白のチャンスを与える」と言った。「そうすれば刑期も短くなる」特定の誰かにではなく、全員に向けた発言だった。「金庫を爆破した男二人は、今からこの部屋に入って来る。彼らが姿を見せてからでは手遅れだ」
 驚いたように目配せが交わされたが、誰も反応しなかった。すると、ドアがノックされた。《思考機械》はなにも言わず、問いかけるように彼らを見まわした。誰も発言する者はなく、彼はドアを大きく開けた。三人の制服警官とマロリー部長刑事が部屋に入ってきた。囚人を二人連れていた。
 「金庫を爆破した連中だ」《思考機械》はそう説明しながら囚人を指差した。「彼らを知っている者はいるかね?」
誰も知らないようだった。返答がなかったからだ。
 「この部屋に、知っている者はいるかね?」彼は囚人たちに向かって聞いた。
 囚人の一人が短く笑い声を上げ、もう一人に向かってなにか言うと、その男も笑みを浮かべた。《思考機械》はいら立ちを見せ、再び話しはじめたが、その声には皮肉がにじんでいた。
 「この部屋には、ご存知ない方もいるだろうから申し上げるが」と言った。「この二人の男は、フランク・セラノとギュスターヴ・マイヤーだ。マイヤー氏は、悪名高い銀行強盗、ウィリアム・ディニーンの子分であり、共犯だった男だ。こいつらを勾留してくれたまえ」とマロリー部長刑事に言った。「いずれ自供するよ」
 「自供だって!」男の一人が声を上げた。二人とも笑い声を上げた。
 囚人は連れ出され、マロリー部長刑事は、分析的知性の泉から学ぶために戻ってきた。もっとも、そんなことを口に出して言うはずもなかったが。すると、《思考機械》は、事の発端から説明をはじめた。
 「私は、この事件が起きてから数時間後に、フレイザー頭取の依頼を受けて調査に取りかかった。頭取には以前、お世話になったことがあるからだ」と説明した。「私は銀行を訪れ、そこで皆さんにもお会いしたわけだが、銀行内をざっと見て、強盗がいかにして侵入したかを確認した。それから、金庫とハンカチが見つかった場所を検分した。私の見たところ、ハンカチは明らかに、強盗発生時にその場所に落とされたものだ。私は、銀行内にすきま風が入るかを調べた。銀行内のどこか別の場所で失くし、掃除係も見落としたハンカチが、すきま風のせいで発見場所に飛ばされたのかもしれないと思ったからだ。だが、すきま風は生じていなかった。
 次に、ハンカチのことを尋ねてみた。フレイザー氏は、ハンカチを見せるために頭取室に招じ入れてくれた。中に女性がいるのに気づき、私は中に入るのをお断りした。その女性というのはミス・クラークだ。そこで、ハンカチは頭取室の外で調べた。私がそんなことをした目的は分かりにくいかもしれんがね。ハンカチには香水が付いているかもしれないし、頭取室にいる女性が香水を使っている可能性もあった。匂いを混同したくなかったのだ。私が銀行に来たときは、ミス・クラークは不在だった。昼食に出ていたからだ。
 ハンカチを手にすると、すぐに香水の匂いに気づいた。スミレの香りだった。香水は、女性なら大勢使っているし、男も少数ながら使う。私は、銀行に勤めている女性が何人いるか尋ねた。答えは三人だった。匂いのするハンカチをハッチ君に渡し、自分のハンカチを使って手に付着した香水を拭い取り、そのハンカチもハッチ君に渡した。こうして私の体に付いた匂いは完全に取り除いた。
 それから銀行内を巡回して、全職員に声をかけた。そばに近づいて、使っている香水を確かめるためだ。香水を使っていると最初に分かったのは、ミス・クラークだ。だが、彼女が使っていた香水の匂いは、強いバラの香りだった。次に分かったのは、ダンストン氏だ。彼は話の途中で自分のハンカチを取り出したのだが、私はそれが同じ匂いのするハンカチだと気づいたのだ」
 ダンストンは少し驚いたようだったが、なにも言わなかった。ミス・クラークのほうをちらりと見たが、彼女はじっと耳を傾けていた。彼にも、彼女の表情からはなにも読み取れなかった。
 「そこまではいいだろう」と《思考機械》は続けた。「我々はウェスト支配人の執務室に行き、そこが強盗の侵入した場所だと知った。石を柔らかくするために、保護鋼鉄棒の受け口周辺の花崗岩に強力な化学薬品が注がれていたのにも気づいた。その薬品には、花崗岩を白亜のように柔軟な粘度に変えてしまうという直接的な効果がある。室内のノイズに、室外受付にいる者が気づくかも知りたかった。そこで、重い椅子をひっくり返し、外を覗いてみた。誰も身動きせず、振り向きもしなかった。つまり、誰にも聞こえなかったのだ。
 そのとき、私はフレイザー頭取とウェスト氏に、銀行内の誰かが強盗に関与していると考えるわけを説明した。つまり、ハンカチの匂いがその理由なのだ。彼らにした説明を事細かに繰り返すのも煩わしかろう。私はハッチ君に、まず、ミス・クラークがバラではなく、スミレの香水を使ったことがあるか確かめさせた。それから、ウェスト氏の家族に香水を使っている者がいるか、とくにスミレの香水を使っている者がいるかもだ。ダンストン氏が使っていることは分かっていた。
 次に、フレイザー氏に、多額の資金繰りをしたことがあるか聞いてみた。彼は本当のことを話してくれたよ。だがウェスト氏は、同趣旨の質問をしても本当のことは言わなかった。その理由も今は分かっている。つまり、銀行の支配人という立場上、株取引をするわけにはいかなかったのだが、実はそれでひと財産作っていたからだ。フレイザー氏にその事実を知られたくなかったし、わざと事実と違うことを述べたのだ。
 それから、身体検査が行われた。見つけるのを期待していたものは金だし、まさに見つかったわけだが、実際はそれだけにとどまらなかった。ミス・ウィリスは異議を唱え、ダンストン氏も異議を唱え、ミス・クラークはフレイザー氏の腕の中で気を失った。各人の動機は私にもよく分かった。ダンストンが異議を唱えたのは、自己中心的な青年だからだし、若さゆえの愚かさからだ。彼は身体検査を侮辱と受けとめたのだ。ミス・ウィリスが異議を唱えたのも自尊心からだった」
 《思考機械》はひと息つき、手を頭のうしろで組み、椅子の背に大きくもたれた。
 「次になにが起きたかは、私から説明するかね?」と彼は聞いた。「それとも、君から説明するかね?」
 部屋にいる全員が、その質問は犯人に向けたものだと知っていた。それは誰か? どの人物なのか? 返答は返ってこなかった。少し間を置いて、《思考機械》は静かに、それもきわめて静かに話を再開した。
 「ミス・クラークはフレイザー氏に抱えられて気を失った。彼女が氏にもたれかかり、氏が彼女の髪を撫でて慰めていたあいだに、彼女はゆるめたシャツブラウスの胸から一万ドルの札束を取り出し、フレイザー氏の上着の内ポケットに滑り込ませたのだ」
 座はしんと静まりかえった。
 「うそよ!」娘は叫び、怒りで顔をゆがめながら立ち上がった。「そんなのうそ!」
 ダンストンはいきなり立ち上がり、彼女に歩み寄った。彼女に腕を回すと、挑むように《思考機械》のほうを向いた。《思考機械》は身じろぎもしなかった。ダンストンはなにも言わなかったが、どうやら言うことが見つからなかったからだ。
 「フレイザー氏の内ポケットに入れたのだ」と《思考機械》は繰り返した。「彼女が腕を離すときに、氏のスカーフ止めが彼女のそでのレースにくっついた。私も見ていたよ。上着のポケットに手を伸ばさなければ、そんなふうにスカーフ止めが彼女のそでに引っかかったりはしない。その金は、いわば、盗みのささやかな分け前だったわけだが、金を移し替えてしまったから、身体検査にも応じたのだ」
 「うそよ!」娘は再び叫び声を上げた。しかし、その声と身振りの一つ一つが、その話が真実であることを物語っていた。ダンストンは、恐怖の色を浮かべて見つめる彼女の目を見つめ返すと、腕をだらりとおろした。彼はやはりなにも言わなかった。
 「当然だが、なにも見つからなかった」《思考機械》は静かな声で説明を続けた。「フレイザー氏のポケットに紙幣を見つけたとき、私はその匂いを嗅いでみた。このときは、スミレの香水ではなく、バラの香水の匂いがした。これではっきりと分かったのだ」
 娘は、怒りと反抗の色に満ちた表情をしていたが、突然、両手に顔をうずめて激しく泣き出した。告白したのも同然だった。ダンストンは、なすすべもなく彼女に寄り添っていたが、手をゆっくりと伸ばして、彼女の髪を撫でた。
 「説明を続けてください」彼はヴァン・ドゥーゼン教授に向かって穏やかに言った。彼女に劣らぬほど辛そうだった。
 「以上の事実は重要ではあるが、決定的なものではなかった」と《思考機械》は言った。「そこで、次はハッチ君の協力を得て、ミス・クラークの他の事情についても確かめた。その結果分かったのは、その日、彼女は、昼食に出たとき、強いバラの香りの香水を買い、いつもと違って家に戻ると、自分の部屋で香水をふんだんに振りかけた。そして、ダンストンさん、あなたが贈ったスミレの香水の大瓶を破棄したのだ。彼女の部屋、とくに寝床が乱れていることも確かめた。私はそこからこう推定した。つまり、彼女が朝、職場に来たときには、金は身につけておらず、寝床に隠しておいたのだが、見つかるかもしれないという恐れから、あわてて取りに帰った。金をシャツブラウスの中に隠し、身体検査をはじめたときもそこにあったのだ。そうだね、ミス・クラーク?」
 娘はうなずき、涙に濡れたみじめそうな表情で目を上げた。
 「その日の夜、ミス・クラークは私を訪ねてきた。彼女は表向き、一万ドルの札束が再び消えたという話をしに来たようだった。私は電話でその話をあらかじめ聞いていたし、金は彼女が持っていることもすでに分かっていた。今も持っているよね。引き渡してくれるかね?」
 娘はなにも言わずに一万ドルの札束を取り出した。マロリー部長刑事が受け取って、しっかりつかむと、しばらく呆気にとられていたが、それを《思考機械》に手渡した。《思考機械》はその匂いを嗅いでみた。
 「強いバラの香りの香水だね」と言うと、話を続けた。「ミス・クラークも話してくれたが、彼女は今回の事件と同様の強盗に遭った銀行に勤めていたことがある。その事件の犯人はウィリアム・ディニーンという男で、今回の事件にも関与していると思うと彼女は言った。ハッチ君が、ディニーンの仲間二人がケンブリッジ在住なのを突き止めてくれた。彼は二人の部屋を見つけ、捜索した上で、警察に住所を知らせてくれた。
 さて、ミス・クラークはなぜそんなことを伝えに来たのか? 私はあらゆる角度から考えてみた。彼女がその話をしたのは、素直に強盗を捕まえる手助けをしたいと思ったのか、あるいは、別の方向に疑いをそらそうとしたかのいずれかだ。それまでに判明していたことからして、ダンストンさん、あなたから疑いをそらそうとしたのだと推測した。それとたぶん、自分自身からね。ディニーンは今回の強盗事件の三か月前から刑務所に収監中なのだ。それは彼女も知っていたのだろう。ディニーンの仲間というのは、別の部屋にいる二人のことだ。ハートフォード銀行の強盗事件のときに、ディニーンを手助けした連中だよ。ミス・クラークも手引きしたのだ。ラルストン国立銀行も、二人が彼女の手引きで押し入ったのだよ。ハートフォード銀行を辞めてからフレイザー氏の秘書になるまで、二年間、仕事をする必要がなかったと暗に口にしたことで、彼女は、ハートフォードの強盗事件で金を儲けたことを自ら漏らしてしまったのさ」
 言葉が途切れた。ミス・クラークはすすり泣くばかりで、ダンストンは目を落したまま彼女に寄り添っていた。しばらくすると、娘は落ち着きを取り戻しはじめた。
 「ミス・クラーク、なにか言いたいことはあるかね?」と《思考機械》は聞いた。その声は優しく、恭しいほどだった。
 「なにもありません」と彼女は言った。「罪をすべて認めることは別ですけど。隠すことはなにもありませんわ。ハートフォード銀行のときと同じように、今の銀行に職を得たのも、強盗が目的です。隣の部屋にいるあの二人の助けを借りてね。何年も手を組んできたんです。今回の強盗の計画は私が立てました。私には、ウェストさんの部屋にある窓の鋼鉄棒の受け口に薬品をたらすチャンスもあったし、私が自分でやったんです。そうやって、花崗岩を少しずつ溶かして、棒を引き抜けるようにしました。何週間もかかりましたけど、フレイザーさんの部屋から金庫まで無難に行くことができましたわ。
 窓の掛け金をかけないままにしておくことも私にはできたので、そうしました。男物の服を着て、あの二人と銀行に行き、棒を引き抜いたあと、窓から忍び入りました。男たちは夜間警備員を襲い、縛りあげました。ウェストさんのハンカチは、ひと月ほど前の午後に、職場でたまたま拾って持ち帰った物です。私の持ち物と一緒にタンスにしまっておいたから、香水の匂いがついたんですね。銀行を狙った夜、自分から嫌疑をそらす物が必要だったので、そのハンカチを使ったんです。銀行内でそのハンカチを落としました。私たちは、集まった夜に、あらかじめ詳細を詰めておいたんです」
 彼女は口を閉ざし、ダンストンのほうを見た。いつまでもじっと見つめ続けると、彼は上気して真っ赤な顔になった。それは懇願ではなかった。絶望の淵にあっても、女としての愛をひたむきに捧げるばかりだったのだ。
 「しばらくしたら、銀行を辞めるつもりでした」と再び話しはじめた。「人目を引くおそれもあるので、すぐには辞めずに、二、三週してからと思ったんです。それと、この方の前から永久に消えたかったんです」とダンストンのほうを指差した。
 「なぜだい?」と彼は聞いた。
 「だって、どうしようもないほど、あなたを愛してしまったんですもの」と彼女は言った。「でも、私には、その値打ちはなかった。もう一つ理由があるの。私は結婚してるのよ。あのギュスターヴ・マイヤーという男は、私の夫なの」
 彼女は言葉を途切らせ、のどに巻いたヴェールをそわそわといじった。沈黙が部屋を支配した。《思考機械》はうしろを振り返り、それまで目につかなかった、みすぼらしい旅行鞄を取り上げた。
 「まだ質問がありますか?」と娘はようやく言った。
 「ないと思うね」と《思考機械》は言った。
 「ダンストンさん、あなたは信じてくださるわね? 私が、あなたを愛してたということを」と彼女は訴えた。
 「なんてことだ!」彼は突如感情をあらわにして叫んだ。
 「気をつけたまえ!」と《思考機械》は声を上げた。
 娘の手が帽子にさっと伸び、すぐに引っ込められると、胸に、細い物がきらりと光るのが見えた。だが、もはや手遅れだった。彼女は、頑丈な帽子の留め針を胸にまっすぐ突き立て、心臓を刺し貫いた。彼女は愛する男に抱かれ、男の涙を顔に注がれながら息絶えた。
 マロリー部長刑事は、隣室にいる二人の囚人のところに行った。
 「ミス・クラークは自供したよ」と言った。
 「くそっ、なんてアマだ!」とマイヤーは叫んだ。「いつか俺たちをはめると思ったぜ。殺してやる!」
 「その必要はないな」とマロリーは言った。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 娘の死体が横たわる部屋では、《思考機械》がみすぼらしい旅行鞄を足でフレイザー頭取とウェストのほうに押しやった。
 「金が入っているよ」と言った。
 「どこに・・・どうやって見つけたんだ?」
 「ハッチ君に聞いてくれたまえ」
 「ヴァン・ドゥーゼン教授から、例の男たちの部屋を捜索して、しっかり鍵の掛けてある、一番みすぼらしそうな鞄か入れ物を見つけるように言われて、これを持ってきたんです。そう・・・言われた通りにしましたよ。ベッドの下にあったんですが、教授が開けるまで、中になにが入ってるのか知りませんでしたよ」
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