脱線の余談――《思考機械》は「斜視」なのか?

 《思考機械》シリーズの翻訳や解説を見ると、時おり、ヴァン・ドゥーゼン教授は「斜視」あるいは「やぶにらみ」だったという描写や説明が出てくる。斜視といえば、私などは、真っ先に、フランスの哲学者・文学者のジャン・ポール・サルトルを思い出すのだが、《思考機械》も似たような容貌だったのだろうか。
 例えば、邦訳の「《思考機械》調査に乗り出す」(『思考機械の事件簿1』創元文庫収録)には、「やぶにらみ気味の目が、ぴたっとわたしの目に焦点を据えて、突き刺すようにみつめている」という描写が出てくる。同書収録の「焔をあげる幽霊」にも、「斜視ぎみの目の視線を厚い眼鏡のレンズ越しに送る」とあるし、同書の解説にも、《思考機械》の目は「斜視ぎみ」だという説明が出てくる。さらには、違う翻訳者が手がけた「呪われた鉦」(『思考機械の事件簿2』収録)を見ても、やはり、「分厚い眼鏡の奥のその目はやぶにらみである」と出てくるのだ。
 このため、邦訳で《思考機械》シリーズに親しんできた読者の多くは、ヴァン・ドゥーゼン教授を斜視のイメージで捉えているに違いない。
 しかし、例えば、上記の引用をよく再考してみてほしい。「斜視」の人が相手を見つめている場合、相手には「ぴたっと」「焦点を据えて」いるように見えるものだろうか? その人は焦点を据えて見ているつもりでも、相手には違う方向を見ているように見えるのが「斜視」ではないのだろうか?
 斜視は英語で表現する場合、専門的な用語では‘strabismus’というが、口語的には‘squint’という言葉が使われる。実は、原文でシリーズに接していると分かるが、この‘squint’という単語は、《思考機械》の容貌や動作を表現するのにしばしば使われている言葉なのだ。特に、動詞で出てくる場合には、文脈からしても明らかに「斜視」の意ではない文章が見出される。
 上記の訳文の該当箇所を見ると、原文はいずれもこの‘squint’なのだが、この言葉には確かに「斜視」という意味もあるものの、辞書を引けばすぐ分かるように、「目を細めて見る」という動詞や形容詞、さらには「細目で見ること」という名詞でも用いられる。実際、『思考機械の事件簿1』を手がけた同じ翻訳者が、『世界短編傑作集1』に収録された「十三号独房の問題」では、‘perpetual, forbidding squint’という原文を「針のように鋭い視線」と訳している。「消えた女優」(『思考機械の事件簿3』収録)の訳者も、「メガネの分厚いレンズの奥の青い目はいつも何かをうかがうように細められている」(The eyes were narrow slits of blue squinting eternally through thick spectacles)と訳しているが、この単語の意の捉え方としては、こちらのほうが適当だろう。
 《思考機械》は、もともと細い目をしているのだが、相手をじっと見つめる時、ますます細くなって視線が鋭さを増すのである。斜視、やぶにらみという描写は、《思考機械》の容貌の説明から削除されなくてはなるまい。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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別訳では・・・

宇野利泰訳「思考機械の事件簿」の「焔をあげる幽霊」のs.86の「斜視ぎみの目の視線を厚い眼鏡のレンズ越しに送る」ですが、同作品は押川曠訳『思考機械』(ハヤカワ・ミステリ文庫)にも「燃える幽霊」として訳が収録されて居ます。そこでは、「思考機械は、一瞬彼に鋭い視線をぶ厚い眼鏡の奥から彼におくると」(s.192)と成っており「やぶにらみ」とは成って居ません。池央耿訳の第Ⅱ冊や吉田利子訳の第Ⅲ冊はシリーズとして出版社の編集部で統一を図った可能性も否定できないので一概に云々は出来ません。
お説の通りの解釈と云うよりも、故著者のは「やぶにらみ」も「眼を細める」も区別をせない大雑把な表現だったのではと考える次第です。従って「目を細める」の方が良いかと思います。

処で、「思考機械」譚の未訳は、当方の勘定では、16作品と成りました。うち1作のThe Yellow Diamond Pendantはフットレルのサイトでも題名のみですので内容そのものの確認が出来ているのかどうかとも思われます。
残り15作品は以下となります。続けて宜敷く御願い致します。
The Mystery of a Studio
The Golden Dagger
The Grip of Death
A Piece of String
The Problem of the Opera Box
The Problem of the Knotted Cord
Problem of the Organ Grinder
The Private Compartment
The Ghost Woman
The Problem of Convict #97
Problem of the Deserted House
Problem of the Red Rose
The Case of the Life Raft
Five Millions by Wireless 別題Prince Otto、別題Millions by Wireless
The Jackdaw Girl
尚、My First Experience with the Great LogicianとThe Problem of the Cross Markとは創元推理文庫では両者を繋げた版のThe Thinking Machine Investingatesから「《思考機械》調査に乗り出す」として訳出してありますし、後者は古い邦版「エラリー・クィーンズ・マガジン」に「思考機械」として宇野利泰訳がある由ですから既訳として良いと思います。
次の作の御訳を心待ちにさせて頂きます。
拝首
追記。http://members.jcom.home.ne.jp/4054323601/mystery/futrelle/machine_list.html を参考とさせて頂きました。

恐縮ですが、おっしゃる意味がよく分からないですね(笑)。「大雑把な表現」だったのに、「従って、『目を細める』の方が良い」わけですか(笑)。ロジカルに導けば「どちらでもいい」という結論になりそうですけど(笑)。
補足すれば、「百万長者ベイビー・ブレイク誘拐」(『思考機械の事件簿2』収録)の邦訳では、‘the keen blue eyes perpetually squinting through unusually thick glasses’を「並はずれて分厚い眼鏡の奥から斜めに世の中を見据える碧く鋭い目」と訳していますね。「斜めに世の中を見据える」とは、どういう意味なんでしょう? 世の中を斜に構えて見ているという意味ですかね(笑)。私なら、素直に、分厚いレンズを通して、常に目を細めて見ているという意味だと解するところですが、「大雑把」に解せば、原文からは引き出せそうにない、そんな深遠な意味にも訳せるのかもしれません(笑)。
‘squint’は「斜視」だという先入観が無理な訳につながっていると見るのが無難ではないんでしょうか? いずれにしても、「編集部で統一」を図っているようには思えないのですが(笑)。
なお、訳載開始にあたって申し上げましたとおり、ほかの記事の合い間に地道にご紹介していくつもりですので、未訳作品の全訳を目指しているわけでもないですし(結果的にそうなるかもしれませんが、お約束するつもりはありません)、あくまでマイ・ペースでやっていくつもりでおります。ご了承ください。

書きかたが悪かったようです。

大雑把と云うのは、「斜視」とか「目を細めて居る」とか云う意味の何れかに偏るよりももっと大きく捉えてる居ると云う意味です。と云うか日本語と米語とのズレで米語の感覚をピタリと邦語で現わすものがないのでしょう。只、仰る通り「斜視」としてしまっては少し固定的だろうと思いますので、「目を細めて」位の訳で良いのかなと思います。どちらにしろ当方は学校を卒業した事で「英語」から解放されたと云って喜んだ口ですから記者の英語力なんて全然あてになりません。
只、「Ⅰ」の解説でハッキリ「斜視」と云って居るので。訳者は「斜視」と云う前提で訳をして居るのではないでしょうか。そういう感じを受けました。

編集部で統一を図って居るのだろうと思っているのは、例えば「≪思考機械≫」と二重鉤括弧で括っている、「マローリー部長刑事」と全てにしている等からです。「Ⅲ」の「消えた女優」の挿絵(s.34)を見ると「探偵マローリー」か「刑事マローリー」と云う感じで「部長」なんて都度云って居る訳ではなさそうです。それ以外にも「Ⅱ」を読んで編集部で多少統一をはかっているなあと云う感じがしていますが、「Ⅲ」はやや統一感が緩んでいるような感触を受けました。(飽く迄も感触ですから具体的な箇所の指摘は無理です)

全部を訳して頂ければこれ程嬉しい事はないのですが、御厚意ではぢめられた事ですので厚かましくも御願いする訳にも参りません。只、御訳のファンが居る位にお考えください。

今回お訳しになられた二編は既に『名探偵読本5 シャーロック・ホームズのライヴァルたち』(中島河太郎+押川曠編)パシフィカ.1979年に題名が挙げられて居る34編のうち東京創元社から訳が出て居なかった3編のうちの2編になります。(あと一つはThe Problem of the Opera Box「オペラ座の箱事件」とでも訳すのでしょうか--です)
最近フットレルの訳書を集め出した処、あっさり文庫本4冊と雑誌1冊が揃いこれを別掲の順序に読破したのですが、未だ、17編も未訳があると知り、止むを得ず原文を読むしかないなと思っていた矢先の僥倖でした。今後も宜敷く御願い致します。
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