ジャック・フットレル「幽霊の女」(一)

幽霊の女(The Problem of the Ghost Woman)

 ルビー・レーガンはプロの押し込み強盗だった。彼はそのとき、ひそやかにではあるが、自分の仕事にひたむきに取り組んでいた。ゴム底の靴で厚手のカーペットをそっと踏みながら、真っ暗な書斎に忍び込むと、音を立てずにドアを後ろ手に閉めた。しばらくは身じろぎもせず、じっと耳をすませ、ほかに誰もいないか、独自の微妙な感覚で探りを入れた。続いて、懐中電灯をつけると、平たい図書閲覧用テーブルがすぐ目の前にあり、本が乱雑に載っていた。左側には大柄なロールトップ机があり、ほかに、椅子が数脚、キャビネットが一つばかりに、本棚も並んでいた。
 レーガンは、手際よく部屋全体に目を行き届かせると、安心したようだ。すぐさま懐中電灯を消し、本来の作業に戻り、わずかな音も出さぬように、ドアの差し錠をそうっと受け口に滑らせた。次に、窓を一つだけ、留め金を開錠しておいた。万一、一つしかないドアから誰か入ってきたときに、窓から脱出することが必要になるかもしれないからだ。いよいよ仕事にとりかかった。最初は机だった。時間をかけて錠前をじっくり調べると、その前にひざをつき、合い鍵が合うか試しはじめた。懐中電灯を机の左側のリーフに置いて照明を固定し、錠前を明るく照らすと、彼の髪にも光が赤々と映えた。机の右側のリーフには、すぐに手が届くところにリボルバーを置いた。
 三十分ほどで錠前は開き、レーガンはほっと吐息をつくと、ロールトップを注意深く押し上げた。中には金属の箱があった。たくさんある整理棚から、いろんな書類を引っ張り出し、一つ一つ順に素早く確かめては、無造作に周りに投げ出した。続いて、引き出しを次々と開け、中の物をそれぞれよく調べてから床に投げ捨てた。
 「たぶん、箱の中だな」とつぶやいた。
 床にべったりと座り、箱をひざにはさむと、才を尽くして開けにかかった。数分後に錠前はカチリと音を立て、金属のふたが持ち上がった。レーガンはまたもやにんまりとした。札束が次々と出てきたからだ。ところが、その札束もすぐに床に放り出された。彼が探していたのは違うものだったのだ。
 「さて、こりゃ変だぞ」やがて彼はつぶやいた。「ここにはないな」思案しながら手を休め、愛でるように札束を見つめた。「目当ての物が手に入らんのなら、むろん、手に入る物をいただくのさ」と仕事を再開し、金をポケットに詰め込みはじめた。
 彼は何度も自分の赤い髪を指でそっとかき上げた。明らかにひどくまごついていた。続いて、違う場所を探そうと立ち上がりかけたとき、なにか音が聞こえた。声だった。右耳の十四インチほどうしろからだ。静かで柔らかく、耳触りのいい声だった。
 「リボルバーに手を出さないで!」と声が警告した。「そしたら、撃つわよ!」
 レーガンは、反射的に机のリーフにある武器にさっと手を伸ばしたが、背後でカチッという鋭い音が聞こえると、すぐさま手を引っ込めた。しばらく戸惑ったまま、撃たれるのを半ば覚悟しながら再び床に座った。銃は撃たれなかった。彼はわけを確かめようとうしろを振り返った。
 目に入ったものにぎょっとした。半透明の白いレースのようなものがふわふわと浮いていたからだ。それは若い女の姿だった。だが、本当に女なのか? 頭は白いものに包まれ、体はぼんやりとはっきりしないヴェールみたいなものに覆われていた。光が映えるだけの暗がりの中では、姿全体が妙に実態のないもののように見えた。しかし、声は若い女の声だった。
 「じっと座ってなさい。音を立てないで!」声は再び警告した。そう、それは確かに女の声だ。
 レーガンは、女の右手に小さな金色のリボルバーが握られ、すぐに、銃身がほんの一フィートほど先から彼の頭にまっすぐ狙いをつけたのに気づいた。震えも揺れもなく、ぴたりと狙いをつけていた。
 「分かったよ」彼はとうとう言った。
 白い姿は彼のそばを歩いていき――それとも、浮かんでいきと言うべきか?――、机からリボルバーを取り上げた。
 「レーガンさんですね?」と女は尋ねた。
  「そうだ」とレーガンは答えた。驚きのあまり認めてしまったのだ。
 「見つけたの?」
 「いや」
 これは現実なのか? レーガンは疑わしげに目をこすった。むろん、夢を見ているのさ。 一分もすりゃ目を覚ますだろう。もう一度目を開けた。そう、彼女はまだそこにいた。だが、彼女は現実の存在じゃない、実在しているはずがない、この女は幽霊だ。部屋に忍び入ったとき、この女は確かに室内にいなかった。そのあとに入ってきたはずもない。ドアには内側から差し錠を差したのだから。
 「お手数だけれど、レーガンさん」女の幽霊は続けた。「ポケットからお金を全部出して、箱に戻してちょうだい」
レーガンは一瞬、リボルバーの先端を凝視した。女の幽霊はそれを軽く動かした。なんにせよ、その銃は確かに本物だ。彼はすぐさま、黙って札束の袋を戻しはじめた。戻し終えると、もう一度目を上げた。
 「八つしか札束を戻さなかったわ」女の幽霊は静かに言った。「九つ取ったはずよ」
 「そうだな」レーガンは言った。
 まるで催眠術にかかったように、もう一度ポケットに手を突っ込み、さらに金を取り出すと、ほかの金と一緒に箱に戻した。金属のふたを閉じ、カチリと錠前をかけた。
 「けっこうだわ」女は満足したように言った。「それじゃ、悪いけど、あなたの仕事のことを話してもらいましょうか」
 レーガンは手とひざをつき、もぞもぞと立ち上がろうとした。女の幽霊は少しうしろに退がったが、それほど遠ざかりはしなかった。そこで、レーガンはいきなり立ち上がり、腕をさっと延ばして女の手首の下を激しく打ち、二丁のリボルバーを上に跳ね飛ばした。素早く身をひるがえすと、机から懐中電灯をかっさらって消した。暗闇の中に、人が格闘する激しい足音がしたかと思うと、追い詰められた小さな叫び声がし、ついに銃声が響き渡った。
 レーガンは、ドアを探しながら、部屋の中をやみくもにさまよった。やっとドアを見つけると、内側から差し錠が差されたままだったため、気も狂わんばかりに差し錠を引き抜いた。すると、外の玄関ホールから書斎に向かって走ってくる大きな足音が聞こえたため、レーガンは動きを止めた。窓だ! こうなったら、そこしか逃げ道はない! 銃声で家の人間が目を覚ましてしまったのだ。彼は窓に突進したが、窓はびくともしなかった。
 ドアのところで叫び声がした。レーガンは必死で窓の横の留め金を探したが、消えてなくなってしまったようだ。誰かが重い体をドアにぶつけ、ドアがガタガタと震えた。差し錠はもつまい。すでに壊れつつある。木製のドアがバリバリと割れるのがレーガンに聞こえた。そこで、こぶしを握り締め、慎重に窓ガラスをぶち割り、椅子を踏み台にして、窓からそのまま飛び降りた。ドアは猛攻の前についに壊れ、バタンと内側に向かって開いた。
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ジャンル : 小説・文学

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