ジャック・フットレル「幽霊の女」(三)

 こうして、この問題は、高名な論理学者、オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授、すなわち、《思考機械》のもとに持ち込まれた。ハッチンスン・ハッチ記者が既知の情報を伝えると、この著名な科学者は、薄青い目をただの線のようになるまで細め、巨大な、丸く盛り上がった額に深いしわを寄せた。
 「なぜ発砲が起きたんでしょう?」ハッチは困惑もあらわに科学者に尋ねた。「発砲したのは誰でしょう? 泥棒は二人いたのか? 二人は争ったのか? 一人はケガをしたのか? 窓の外の地面に血痕があったからです。もっとも、飛び降りた者がガラスで体を切ったのかもしれませんがね。それと、銃弾の穴が金属の箱にあったのはなぜか? もちろん、錠前を壊すためじゃありません。そのまま持って行くことだってできたはずですから。箱にあった余分の十ドル札はもともとどこの金なのか? オブライエンはどこにいるのか? 二度目に叫び声を上げた女は誰なのか? 彼女はなぜ叫び声を上げたのか? なにも盗まれなかったのはなぜか?」
 この矢継ぎ早の質問からひと息つくと、ハッチは期待を込めて椅子にどっしりと座り、たばこに火をつけた。《思考機械》は、一瞬、咎めるように二つの目でぴたりと青年を見据えた。
 「君はまだ肝心な質問を一つしていないね」と辛らつに言った。「つまり、その書斎にどんな特別な物があったのか、あるいはあるはずだったのか、という問いだ。言うなれば、ある謎の人物がひと晩に二度も盗もうと試みるほど重要な物がだよ」
 「思うに、その答えを知るのはまだ不可能ではないかと・・・」
 「不可能なことなどないのだ、ハッチ君。計算上、公算が低いというにすぎんのだよ。二たす二は四になる。それも時々そうなるのではなく、常にそうなのだ。この問題は、今のところ、ひどく混乱しているように見える。特に、オブライエンの失踪を考慮に入れるとね。まず尋ねるが、ミルズ氏は盗まれた物はないと確信してるんだね?」
 「間違いありません」とハッチは答えた。「書類も全部照合したし、物品も一つ一つ確認したそうです」
 巨大な額のしわはますます深くなり、この気難しい小柄な科学者は、しばらく無言のまま座っていた。「外にあった血痕の量はどのくらいかね?」と突然聞いた。
 「かなりの量です」とハッチは答えた。「飛び降りたのか、投げ出されたのかはともかく、その人物はひどいケガをしたようですね。ガラスのふちにも血が付いてましたから」
 思考機械はうなずいた。「二度目に叫び声を上げた女が家の住人でないことは、間違いないんだね?」と聞いた。
 「ええ、そうです」ハッチは自信ありげに答えた。「最初の騒動のあとにみんな部屋に戻って、二度目のときは目も覚まさなかったんです。朝になるまで、誰もオブライエンの失踪を知らなかったんですよ」
 「警察はまだなにも発見していないんだね?」
 「まだです。もちろん、部屋に残っていた物、つまり、帽子、コート、盗人用の道具については、手がかりとして調べてますよ。そこから犯人の身元がつかめるかもしれません」
 「まず、飛び降りた男を突き止めなくてはなるまい」と科学者は静かに言った。「その上ではじめて、この事件の捜査を前に進めることができるだろう」
 「ええ、その上ではじめてですね」ハッチはにやりとしながらうなずいた。
 「むろん、突き止められるさ!」思考機械はすかさず言った。「今度の場合、帽子もオーバーコートもなく、ガラスの切り傷があり、おそらくは重傷を負った男を探せばいいのだ」
 「でも、こいつは、おびえたうさぎみたいにちょこちょこ逃げ回るタイプの男ですよ」とハッチは言い返した。「どれほど重傷だろうと、歩けるかぎりは身を隠し続けるでしょうに」
 「ハッチ君、君は、窓から飛び降り、身をもってガラスをすべて割り、二十フィート下の固い路面に落ちることを軽く考えているようだね」と科学者は辛らつに言った。「この男が重傷を負っていなかったら奇跡だよ。したがって・・・」彼は突然口を閉ざし、目を細めて新聞記者を見つめた。「これから、前提を説明した上で、君にある質問をする」といきなり言った。「その前に、君がくれる答えを、あらかじめこの紙片に書きつけておく。君は知的な男だし、知的な精神であれば同じ思考過程をたどるということを証明してあげよう」
 彼はすばやく文字を走り書きし、その紙を二回たたんで記者に手渡した。
 「さて、君が窃盗犯だとする」と話を再開した。「それも、おそらくは警察によく知られている男だ。君は窓から飛び降り、重傷を負う。治療が必要だが、少しでも捕まるリスクを冒すわけにはいかない。君は帽子もコートも持っていない。君は事件現場から離れたところにある医者に行く。そして、ケガの理由を説明するために作り話をする。疑いを避け、ともかくも身の安全を保つために、君ならなんと説明するかね?」
 ハッチは苦笑を浮かべながら、紙片を指でこね回すと、たばこに火をつけ、突きつけられた問題に真剣に取りかかった。
 「そうですね」とようやくゆっくりと口にしたが、なにやらきまりが悪そうだった。「医者に話す最も無難な説明としては、車から投げ出されて、帽子も失くしたというものでしょうね。たとえば、車が暴走して、体がフロントガラスを突き破って切り傷を負い、地面にたたきつけられた衝撃でひどい打撲傷を負ったとか、そんな話をしますよ」
 《思考機械》は、一瞬、相手を鋭く見つめると、立ち上がって部屋を出て行った。ハッチは大きく息を吸い、やむを得ず紙を開いた。そこにはこう書いてあるだけだった。

 「暴走する車。フロントガラスを突き破ってできた切り傷。帽子の紛失。地面に落ちてできた打撲傷と裂傷」

 科学者が戻ってくると、帽子とオーバーコートを身につけていた。
 「ハッチ君、すぐにミルズ氏のところに行って、書斎からなくなっている物があるのに気づいたか聞いてみてほしい。おそらくは、なにかの書類だろう」と彼は指示した。「それと、ミルズ氏には話さずに、彼が当事者となっている未決の訴訟案件があれば、それがどういうものか調べてほしい。おそらく、現在係争中か、あるいは数日中に提訴される案件だ。今夜、また私のところに来てくれ」
 「一緒に行きませんか?」と記者は尋ねた。
 「いや、よすよ」と科学者はいら立たしげに言った。「私はこれから、窓から飛び降りた男に会いに行く」
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