戯曲“Murder on the Nile”の舞台写真

 最近の英米のペーパーバック版に不思議と収録されていないのが、“Murder on the Nile”(初版刊行は1948年)である。なぜなのか理由はよく分からない。
 その一方で、我が国では、Yohan Pearl Libraryの一冊としてこの戯曲版が刊行されていた。このペーパーバックは、編中に映画「ナイル殺人事件」のスチール写真が多数挿入されているところが特徴。映画は基本的に小説版をベースにしているため、戯曲版とは登場人物の名前もかなり違うし、なにより、戯曲版はポアロが登場しないという大きな違いがあるのだが、写真を見て情景を想像しながら読めるように工夫したのは面白い趣向かもしれない。
 1978年の映画のほうは、大ヒットしたことで知られるが、劇のほうは、1946年3月にロンドンのアンバサダーズ・シアターで初演が行われたものの、どうやら成果は芳しからず、同年9月にニューヨークのプリマス・シアターで始まったブロードウェイ公演も、わずか12回で打ち切りという惨憺たる結果だったらしい。この戯曲に関しては、なぜか他の戯曲と違って、冒頭に初演データがないのだが、案外、そんな背景があってのことかもしれない。(なお、この作品は、ウェスト・エンドで公演が行われる前の1945年4月に、ウィンブルドンで試演が行われているが、その際のタイトルは‘Hidden Horizon’となっていた。)
 この戯曲も、サミュエル・フレンチ社の初版には、巻頭に舞台写真が挿入されているのだが、妙なことに、写真の下には、「この写真に示される小道具の位置は、この台本版で採用されている位置とは異なっている。巻末の平面図を参照せよ」という註がわざわざ付いていて、本編中の指示も、舞台平面図を参照するように記されているだけで、写真への参照指示はない。
 公演の際に、現場の演出家の判断で配置を変えたのかもしれないが、妥協を許さない、厳格なクリスティ女史は、視覚的な参考として写真は挿入したものの、勝手な変更に目くじらを立てて、わざわざ違っていることを注記して、そのままには従わないよう示唆したのだろうか。お~こわ。
 そんなことを考えると、やはり、他の戯曲に見られる、細かすぎるほどのト書きの改訂は、クリスティ自身によるものだったのかもしれないという気がしてくる。(まあ、それも穿ちすぎの見方で、案外、戯曲版刊行の際に小道具の配置にも改訂を加えただけのことかもしれないが。だとしても、きちんと違いを注記しておくだけの厳格さは持ち合わせていたわけだ。)


Murder on the Nile


 読み物として読んでいる分には楽しい戯曲作品なのだが、舞台となると、場面は一貫して汽船の展望サルーンの中に限定されてしまい、「ナイル川」という、タイトルから連想される、いかにもエキゾチックで雄大なイメージとは裏腹に、せせこましいスペースの中を人が動いているだけの展開になり、観客にしてみれば、(写真にあるように、いくらエジプトのモチーフを背景にあしらってみたところで)期待を裏切られたような幻滅感を味わいそうだ。それが公演失敗の原因だったかどうかまでは分からないが、エジプト・ロケを敢行した映画のようなスケール感を醸し出せないのは如何ともしがたい。
 なお、戯曲版は、小説版と比較して、結末に重大な変更を加えている。どちらをよしとするかは読者の判断だろうが、私自身はどちらも甲乙付け難いと思っている。
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