アガサ・クリスティ 戯曲『殺人をもう一度』

 『殺人をもう一度』(Go Back for Murder)は、長編『五匹の小豚』(1942)を戯曲化したもの。例によって、ポアロは登場人物から省かれ、代わりに弁護士のジャスティン・フォッグ青年が探偵役を務めている。これに伴い、ラストでは小説版と異なるオチが用意されている。個人的には、変にツイストの効いた戯曲版より小説版のほうが素直でいいと思っているのだが、どちらを好むかは人それぞれだろう。
 元の長編は、ロバート・バーナードが『欺しの天才』の中で、クリスティの「ベスト」に推し、ケイト・スタイン編“The Armchair Detective: Book of Lists”においても、ベストテンの一つに選んでいる作品だ。バーナードは、「五匹の小豚」の童謡の枠組みを「余計なもの」としていたが、クリスティも結局そう考えたのか、『殺人をもう一度』では用いていない。
 『五匹の小豚』は、「回想の殺人」をテーマにしたクリスティの最初の作品であり、過去と現在が交錯するプロットを特徴とする。戯曲版もその特徴を活かし、カーラと母親のキャロリン・クレイルを同じ女優に演じさせるよう「作者の覚え書」で指示している。
 一人二役くらいは演技力でなんとかなるものだろうが、同じく「覚え書」に指示されているように、第一幕で全五場にわたってセットが目まぐるしく入れ替わるのは、素人目に見ても大変ではないかと思う。「覚え書」では、初演の際は、各場面の装置は台車に載せて入れ替えたとされているが、さすがに無理があったのか、最初から複数のセットを舞台上に分けて設けておき、交互に照明を当てて上演することも可と示唆している。しかし、それでは舞台の一部しか照明が当たらず、その狭いスペースの中だけで俳優が演技し、他は真っ暗という、まことに見苦しい場面展開となってしまうのではなかろうか。この戯曲は我が国でも上演されたことがあるらしいが、どうやって演出したのだろうかと余計な心配をしてしまうほどだ。チャールズ・オズボーンが「ぎくしゃくしたものになってしまった」(『アガサ・クリスティー生誕100年記念ブック』76頁)と述べているのも分かる気がする。
 初演は、1960年3月23日、ロンドンのダッチェス・シアターで行われたが、ピーター・ソーンダーズのプロデュースをもってしても不評で、わずか31回の公演で打ち切れられたという。(なお、邦訳では初演データのソーンダーズの名のところに、「有名な『ねずみとり』のプロデューサー」とあるが、これは原文にない加筆。親切なことだ。)
 邦訳は、光文社のEQ86年1月号に掲載され、数藤康雄氏の解説も含め、ほぼそのまま光文社文庫に再録されて刊行された。
 本作に関しては、サミュエル・フレンチ社の台本版(1960年)とドッド・ミードやハーパーの戯曲集版との間にはほとんど異同はないが、やはり戯曲集版のほうは舞台配置図や小道具、照明等の手配を省いている。他の戯曲では、戯曲集版はト書きの改行や間隔をやたらと詰めて読みづらいのだが、本作に関しては台本版との違いはさほど目立たない。
 原書と突合してみると、邦訳は戯曲集版を底本にしており、このためか、同じ訳者による早川文庫の他の戯曲には舞台配置図が載っているのに、『殺人をもう一度』については、EQ掲載版も文庫版も舞台配置図を載せていない。
 先にも触れたように、第一幕では五つの場が目まぐるしく入れ替わるのだが、フレンチ社版には、それぞれの舞台配置図が巻末に掲載されている。第二幕も含めて、六つもの舞台配置図が載っているのは本作だけだろう。照明の手配も、特に第二幕では実にきめ細かい指示がなされ、場面の推移が効果を上げるように工夫されているのが分かる。
 読み物として読む分には、場面入れ替えの手間や見苦しさは関係ないし、変転目まぐるしい作品だけに、イメージを思い描きながら読んでいくためにも、なおのこと、せめて舞台配置図は載せてほしかったところだ。これまでも述べてきたことだが、クリスティの戯曲に関しては、底本の選択やデータの採録には気をつけなくてはならない。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

この本はアガサ・クリスティー完全攻略で名前を知りました。
地元の図書館に置いてないので、現在よその図書館から取り寄せてもらっております。
戯曲になるとポアロがいなくなっちゃうんですね。オチもどんな風に変わっているのか楽しみです。

ロマンス系の小説がお好きな方は戯曲版のほうが気に入るかもしれません(笑)
男はどうかなあ・・・
クリスティは戯曲化に当たって、しばしば小説版にないツイストを加えています。
顕著なのは、1940年代に書かれた「そして誰もいなくなった」、「ナイルの殺人」、「死との約束」ですが、その後の作品にも戯曲版ならではのツイストが光る作品があります。「ゼロ時間へ」も、スリラー・タッチのラスト・シーンが加筆されて、これもなかなか面白いですよ。
ところで、『愛国殺人』は僕も最初に読んだ時はよさがよく分からなかったのですが、加藤静雄さんの『クリスティー入門』を読んで認識を改めたものでした。霜月さんの『完全攻略』(といっても、未訳作品は攻略してないのだけど)もそうかもしれませんが、人の見方に啓発されて認識を改めることもあるもんですね。
『五匹の小豚』は僕もクリスティ作品中ではベストテン級のお気に入りで、同意見の人は少ないと寂しく思っていたら、ロバート・バーナードが絶賛していて我が意を得たりと思ったものでした。
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