オースティン・フリーマンと「ディテクション・クラブ」

 ソーンダイク博士の生みの親、オースティン・フリーマンは、言うまでもなく、イギリスの推理小説作家であり、「ディテクション・クラブ」が編纂した“Detection Medley”(1939)に「探偵小説の技法」を寄稿していることからしても、クラブのメンバーであったことは間違いない。事実、“The Detection Collection”(2005)巻末のサイモン・ブレットによるクラブの略史でも、フリーマンは初期のメンバーとして名を挙げられている。
 とはいうものの、フリーマンが没したのは1943年なので、少なくとも晩年の十数年はクラブの歴史と重なっているわけだが、他の黄金期の作家たちに比べると、クラブでの具体的なエピソードに乏しい。以前、『ヴォスパー号の遭難』に寄せたシモンズの序文を紹介した記事でも書いたように、クロフツでさえ興味深いエピソードが伝えられているのだから、フリーマンについても他の作家たちとの交流を伝える情報をもっと知りたいところではある。
 貴重な同時代の証言を伝えているのが、バロネス・オルツィ。言うまでもなく、「隅の老人」、「スコットランド・ヤードのレディ・モリー」、「紅はこべ」の生みの親だ。
 “The Thorndyke File”第18号で、ジョン・マカーリアが「フリーマンとバロネス・オルツィ」という項目を執筆しているが、これによれば、オルツィは、フリーマンの研究者として知られるP・M・ストーンに宛てた1936年4月15日付け書簡の中で、「フリーマン博士は、ディテクション・クラブのメンバーですが、病気がちですので、会合にはあまり来られません」と書いているとのこと。
 若い頃にアフリカで黒水熱に冒されて以来、体調の不安定だったフリーマンは、常連ではなかったものの、クラブの会合にたまに顔を出すこともあったということなのだろう。そこでオルツィと顔をあわせることもあったわけだから、クリスティやセイヤーズ、バークリーなどとも顔をあわせた可能性は高いだろう。ただ、残念ながら、そこで具体的に何を話したのかまで伝えるエピソードは見当たらない。(ダグラス・G・グリーンの『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』にも、カーがフリーマンを気遣って階段の昇り降りをエスコートしたというエピソードが出てくる。)
 ちなみに、話は変わるが、この手紙の中で、オルツィは、自分の名前の発音についても説明している。それによれば、Orczyは‘Ortsey’のように発音し、アクセントは最初の音節にあるとのこと。これは生粋のハンガリーの名前で、czという二つの子音は英語の‘ts’と同じ発音になるという。また、Emmuskaは、これも最初の音節にアクセントがあり(ハンガリー語では、どんなに長い単語でもアクセントは最初の音節に来るとのこと)、sは‘sh’と同じ発音。従って、‘Em moush ka’のように発音するとして、Emmuska Orczyと署名している。
 マカーリアも述べているように、彼女の名前の発音については、後世の人々の間で議論があるだけに、これは本人の証言として貴重といえる。カタカナ表記すると、「エムーシュカ・オーツィ」といったところだろう(rを巻き舌式に発音するなら、「オルツィ」のほうが近いかもしれない)。従来一般的に使われてきた「オルツィ」という表記が概ね正確だったということになる。
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