カーの戯曲集 “13 to the Gallows”

 前の記事で今月の「ミステリマガジン」の話題に触れたが、そもそも今月号は「カーと密室」という特集。以前ご紹介した“50 Howdunits: The Ultimate Locked Room Library”にも挙げられていたポール・アルテの「狼の夜」も訳載されていて、フランス語の苦手な私としてはありがたい限りだ。
 『三つの棺』の新訳も話題になっているし、カーのラジオ・ドラマについての論考も載っているが、なにゆえか未だに邦訳が出ないまま放置されているのが、“13 to the Gallows”。カーのファンなら知っている人も多いだろうから、今まで特に言及しなかったが、なにやら不当に無視されている気もして敢えて記事に取り上げることにした。カーといえば、ラジオ・ドラマがよく知られているし、邦訳もかなり出ているが、実は戯曲も残しているのだ。
 2008年にクリッペン&ランドリュ社から刊行された“13 to the Gallows”には、BBCのプロデューサーだったヴァル・ギールグッドと共作した‘Inspector Silence Takes the Air’、‘Thirteen to the Gallows’、カー単独で執筆した‘Intruding Shadow’、‘She Slept Lightly’の4作の戯曲が収録され、さらに、‘Inspector Silence Takes the Underground’というカーのラジオ・ドラマ台本もパンフレットの形で挟み込まれている。凶器の消失、周囲に誰もいない謎の墜落死、ナポレオン時代の歴史ミステリなど、いかにもカーらしい趣向が凝らされた作品群だ。
 トニー・メダウォーの序文によると、1942年から1945年の間に上演されたこれらの戯曲は、残念ながら必ずしも成功とはいえず、短い地方公演が行われただけで、ロンドンのウェスト・エンドで上演されることはなかった。クリスティの戯曲も、地方で公演が行われてからウェスト・エンドに来るというパターンが多いのだが、カーの最初の戯曲‘Inspector Silence Takes the Air’も、1942年4月にウェールズのスランディドノのパヴィリオン・シアターで上演されたあと、本来はウェスト・エンドで上演されることが想定されていたようだ。初演を引き受けたのは、セント・マーティンズ・シアターの専務取締役、E・G・ノーマンだったというから、地方公演が成功していれば、同劇場で上演された可能性が高かったのだろう。言うまでもなく、1974年から現在に至るまでクリスティの「ねずみとり(マウストラップ)」を上演している劇場だ。
 ミステリ作家で戯曲も手がけた作家は、クリスティやアイラ・レヴィン以外にも、セイヤーズやA・E・W・メイスン、それにアントニイ・バークリーもいるが、実際に目覚ましい成功を収めた人は少ない(バークリーの‘Temporary Insanity’は生前世に出ることもなかった)。カーも残念ながら、ラジオ・プレイとは裏腹に舞台では成功しなかったのだが、序文でメダウォーが述べているように、アガサ・クリスティはカーのことを「ミスディレクションのキング」と呼んでいたし、その技能は戯曲でも遺憾なく発揮されているといえるだろう。実際の舞台では受けなかったのかもしれないが、読み物として読む分にはいずれも楽しい作品ばかりだ。時が経つうちにすっかり話題にものぼらなくなってしまっているが(今回の特集でもどこかで触れられていたのかな?)、旧作の新訳もさることながら、未訳作品が残っていることも忘れないでほしいものである。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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