著名作家のタイトルの付け方

 海外ミステリは、本文はともかく、タイトルを原題とまるで異なる邦題にすることが珍しくない。このため、邦題だけ眺めていても気づきにくいのだが、クリスティのような売れっ子作家になると、ミステリとは必ずしも分からない、作家自身の趣味やセンスを自由に発揮したタイトルに次第に変わっていくのが分かって面白い。(もっとも、ジョン・ロードのように、最後までミステリらしいタイトルを守り続けた職人的作家もいるのだが。)
 日本ではまずないが、海外の場合は、著名作家の作品のカバーを見ると、本のタイトルよりも作家の名前のほうが大きく刷り込まれていることが多い。クリスティやマーシュ、スタウトなどもそうだ。つまり、こうした作家は、ほとんどネーム・バリューだけで売れるわけで、タイトルを特別ミステリらしくする必要もないし、作家のほうがこんなタイトルにしたいと版元に要求してもそのまま通るという面もあるのだろう。
 普通なら、ミステリである以上、興味を持つ読者層にアピールするような、ふさわしいタイトルを付けるものだろう。だから、クリスティの場合も、初期の作品を見れば、mystery, mysterious, murder, peril, death, die, tragedyといった、おどろおどろしい言葉が入ったタイトルが多い。つまり、『○○の殺人』、『○○の謎』、『○○の死』といった具合に、事件の内容を端的に表した、ミステリとすぐに分かるタイトルを付けているわけだ。
 ところが、1930年代後半ぐらいから、次第に、見ただけではミステリとは分からない(普通小説のタイトルにしてもおかしくない)タイトルが増えてくる。そして、そこにはいかにもクリスティらしい趣味が表れているのが分かるのだ。
 クリスティに特に多いのは、民間伝承の童謡を取り入れたタイトルだろう。“One, Two, Buckle My Shoe”(邦訳は『愛国殺人』)、“Five Little Pigs”(『五匹の小豚』)、“Crooked House”(『ねじれた家』)、“A Pocket Full of Rye”(『ポケットにライ麦を』)、“Hockory, Dickory, Dock”(『ヒッコリー・ロードの殺人』)などがそうだ。学校にも通わず、家庭内でばあやや家庭教師に育てられたクリスティにとって、こうした童謡は個人的な思い出に根ざすものだったに違いない。
 英国人にとっては親しみ深い聖書やシェークスピアは、彼女にとっても身近なものだったのだろう。“Evil Under the Sun”(『白昼の悪魔』)は旧約聖書「コヘレトの言葉」、“The Pale Horse”(『蒼ざめた馬』)は新約聖書「ヨハネの黙示録」、“Sad Sypress”(『杉の柩』)はシェークスピアの『十二夜』、“Taken at the Flood”(『満潮に乗って』)は『ジュリアス・シーザー』に由来する。今や彼女はこの両者に次ぐほどの発行部数を誇る作家になったのだが、いずれは彼女の作品をもじったタイトルも出てくるようになるのかも(いや、既に出ているか)。
 作中にもよく引用が出てくるが、詩にも親しんでいたようで、“The Mirror Crack’d from Side to Side”(『鏡は横にひび割れて』)はアルフレッド・テニスン、“Endless Night”(『終わりなき夜に生まれつく』)はウィリアム・ブレイク、“The Postern of Fate”(『運命の裏木戸』)はジェイムズ・エルロイ・フレッカーの詩に由来するし、“The Moving Finger”(『動く指』)は、詩人エドワード・フィッツジェラルドの訳した『ルバイヤート』からの引用だ。
 クリスティの場合は、このように、自分自身が親しんだ文学や詩、童謡などを素直に引っ張ってくる例が多いように思える。
 これと対照的に、ナイオ・マーシュは、なかなかよく考えた、凝ったタイトルが多い。
 彼女の場合も、初期の作品は、「死(death)」だの「殺人者(murderer)」だの「犯罪(crime)」だのと、ミステリらしい言葉の入ったタイトルが多いのだが、1940年の“Surfeit of Lampreys”(邦題は『ランプリイ家の殺人』)あたりから個性的なタイトルが目立ってくる。ちなみに、このタイトルは、ノルマン朝の国王、ヘンリー一世が「ヤツメウナギの食べ過ぎ」が原因で死んだという故事に引っかけたものだが、邦訳の解説を見ても何の説明もない。“Off with His Head”(『道化の死』)は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』からの引用だが、邦訳は手元にないので、解説で説明しているどうかは知らない。ちなみに、‘off one’s head’と言えば、「気が狂って」という意味の慣用句だ。
 これまで書いてきたマーシュの記事でも幾つか紹介してきたが、“Death at the Bar”、“Scales of Justice”、“Singing in the Shrouds”のように、こうしたダブル・ミーニングを仕込んだタイトルがマーシュには多い。
 “Died in the Wool”というタイトルは羊毛の俵からの死体発見というショッキングな事件を表しているのだが、‘dyed in the wool’と言えば、「徹底した、筋金入りの」といった意味の慣用句。Dyed-in-the-wool mystery fanと言えば、私みたいなのを言うのだ(笑)
 ローマを舞台にした“When in Rome”は、‘When in Rome, do as the Romans do.’という格言に引っかけている。日本の格言で言えば、「郷に入れば郷に従え」に相当するだろう。ローマに出てきたガリア人が、ガリア人やゲルマン人の服装であるズボンをトーガの下にはいていたりすると、「見ろよ、あいつはガリアの田舎者だ」と馬鹿にされた。だから、ローマにいる時は、ローマ人と同じ服装をするなどして、ローマ人らしくふるまえ、という格言が、彼らの子孫である現代のヨーロッパ人に伝わったのだろう。
 邦訳に際して、こんな意味深なタイトルを活かそうと思っても無理で、せいぜいで訳注や解説で説明を付すのが関の山だろう。読者に分かりやすく端的な意味の邦題に変えるのも、ある意味、やむを得ないというものだ。それに、オリジナルのタイトルを変に誤解して訳すより、そのほうがよほどましというものだろう。「なんだそれ?」と思う邦題も珍しくないからだ。
 たまたま前の記事でカーの特集を話題にしたが、カーの邦訳にも「珍題」がいろいろある。『疑惑の影』(Below Suspicion)については訳者が解説で説明しているからまだましだが、『貴婦人として死す』なんてのは、まさに「なんだそれ?」だろう。別に高貴なご身分の女性でもないのに。“She Died a Lady”というのは、不倫の果てに死んだと思われていた女性が、実は夫に貞淑な妻のまま死んでいたという意味で付けたタイトル。つまり、「淑女として死す」ということなのだが、改訳より改題が必要な訳書はほかにもいろいろあるようだ。
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テーマ : ミステリ
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