アガサ・クリスティ “The Case of the Caretaker’s Wife”

 ポアロのシリーズが全92編に増えたという話題を前の記事で取り上げたついでに、ミス・マープルのシリーズについても同様の話題があることに触れておこう。
 ミス・マープルものは、かつては、長編12、短編20の計32編と覚えたものだが、近年になって短編が一つ増えた。
 ジョン・カランは、『アガサ・クリスティーの秘密ノート』の続編にあたる“Agatha Christie’s Murder in the Making”を2011年に刊行しているが、その中で、「管理人の事件」(The Case of the Caretaker)に別バージョンがあることを明らかにし、同書に収録している。それが“The Case of the Caretaker’s Wife”である。
 カランは、「管理人の事件」をAバージョン、“The Case of the Caretaker’s Wife”をBバージョンと呼んでいる。ストーリーの基本は概ね同じだが、Aバージョンでは、ヘイドック医師がインフルエンザから回復しつつある病床のミス・マープルに持参した原稿という形で事件が語られるのに対し、Bバージョンでは、原稿という間接的な媒体を通してではなく、ストーリーはリアルに展開していく。カランは、後者のほうが説得力があるとしているが、その通りだろう。
 さらに、Bバージョンでは、ミス・マープルはもっとはっきり中心的な役割を演じているし、分量もBバージョンのほうがAバージョンより長い。そのほかにも、Bバージョンでは、セント・メアリ・ミードが舞台であることが初めからはっきりしているとか、何人かの登場人物が他の作品にも登場する人物であることが明確になっているなどの違いがある。
 厳密には、タイトルの管理人(caretaker)はマーガトロイド夫人の夫であり、既に二年も前に死んでいることを考えると、Bバージョンのタイトルのほうが正確で合理的だし、叙述の説得力、ミス・マープルの役割の明確さ、大団円の合理性なども考慮に入れた上で、「全体として見れば、この新発見のバージョンは、以前のバージョンよりも、分量も多く、説得力もあるし、よくまとまっている」とカランは判断している。
 そこから、カランは、Aバージョンは編集者が雑誌掲載時に手を入れたバージョンではないかと推測しているのだが、単行本化の際にそのままの形で収録された点については疑問を残している。
 確かに、雑誌掲載時に短縮や改変などの手を入れられることは他の作品でもあったようだが、そのまま単行本に収録されたことだけでなく、編集者がここまで大胆な変更を加えるものだろうかという疑問も感じなくはない。いずれにしても、カランの言う通り、Bバージョン、すなわち、“The Case of the Caretaker’s Wife”のほうが優れていることは明らかだろう。
  『アガサ・クリスティーの秘密ノート』がクリスティー文庫に収録されたことで、本書も早晩邦訳が出るものと思い、当ブログでも触れずにきたのだが、意外と放置されたままになっている。ほとんど邦訳を通じてクリスティの作品に親しんでいる読者であれば、ご存知ない方も多いのではないかと思い、敢えてご紹介した次第である。
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