ナイオ・マーシュ “Artists in Crime”

 “Artists in Crime”(1938)は、ロデリック・アレン警部の登場する長編。アレンはこの作品で、のちに妻となるアガサ・トロイと出会う。

 ニュージーランドを舞台にした前作『ヴィンテージ・マーダー』の事件を解決したあと、イギリスへの帰国途上にある船上のアレンを描くところからストーリーは始まる。アレンは同じ船に乗り合わせていた画家のアガサ・トロイと出会う。
 トロイは、帰国後、自宅のタトラーズ・エンド・ハウスで、パリやオーストラリアなど各地から集まってきた住み込みの生徒たち八人に絵画を教えていた。九月の朝、トロイが離れのアトリエに行くと、生徒の一人、マームジーが他の生徒たちに自分のスケッチを見せながら、愛人の妻に殺される女のストーリーを話していた。その妻は木のベンチの下から掛け布に隠れたナイフを突き出し、女の愛人が女をベンチに座らせる時に刺し殺すというストーリーだった。
 生徒の一人、ヴァルメイが、スケッチの実習の合い間に、マームジーのストーリーが実行できるか試してみようと言い出し、物置部屋にある中国製のナイフを取ってこさせ、モデルの座る玉座に割れ目のあるのを見つけてそこにナイフを取り付け、掛け布で見えないように隠す。すると、生徒の一人で彫刻家のガーシアが、モデルのソニアに、座ってポーズを取ってみろと冗談を言い、彼女を震え上がらせる。ナイフは取り外され、再びソニアが玉座に座って実習が再開される。実習のあと、ヴァルメイは、生徒の一人、ベイジルと婚約したことを電撃発表する。
 ところが、九日後、生徒たちが再びアトリエに集まり、スケッチを始めるに当たって、いつものように、ヴァルメイがモデルのソニアを押し倒して玉座に座らせると、彼女はうめき声を発して身をひきつらせる。玉座には、以前実験した時のようにナイフが仕込まれ、彼女の背中を刺し貫いていた。そこへトロイがアトリエにやってきて、医師を呼ばせるが、ソニアはそのまま絶命する。
 事件を担当することになったアレン警部は、タトラーズ・エンド・ハウスでトロイと再会し、捜査の過程で彼女に接するうちに次第に惹かれていく。アレンは、生徒の一人、ガーシアが事件の二日前に出かけたまま行方知れずになっていることから、彼が事件の鍵を握っていると考え始める・・・。

 マーシュにとっては六作目の長編であり、初期の作品に属する。アガサ・トロイ初登場の作品であり、シリーズのファンにとっては記念すべき長編だが、純粋にミステリとして見れば月並みな出来と言わざるを得ないだろう。
 マーシュは、初期の作品より、のちの作品になるほど人物描写が巧みになり、プロットも念入りに構築され、ストーリーも起伏のある作品が多くなる。旅や演劇などの変化に富んだ舞台設定もそうだ。ジョン・ロードに似て、中間部に退屈な尋問シーンが延々と続くのがマーシュの欠点としてよく指摘されるのだが、この傾向は特に初期の作品ほど強く、そうした批判も踏まえてか、のちの作品になるほど円熟味が増して欠点の目立たない作品が増えてくるのだ。
 この“Artists in Crime”でも、中間部に来ると、いつ、どこで、何をしていたかという、容疑者や関係者たちへの尋問が延々と続き、そのたびに筆記した記録に署名を求める場面が出てきて、やれやれまたか、といううんざりした気持ちにさせられる。最初に読んだ時は、マーシュの作品をそれほど読んでいなかったこともあり、あまり意識しなかったが、中後期の作品を知った後で改めて読み返すと、さすがに落差を感じずにはいられない。
 ミステリ作家は、初期の作品ほど水準が高く、のちの作品になるほど質が衰えていくことが多いのだが、これはマーシュには必ずしも当てはまらない。特に初期の『アレン警部登場』や『殺人者登場』などはいかにも習作の感が強い。ところが、残念なことに、我が国におけるマーシュ作品の紹介は比較的初期の作品に偏っていて、中後期にかけてのバラエティ豊かな秀作群の多くが未紹介のまま放置されている。
 トロイも、この初登場作では、性格もまだ十分に彫琢されていなければ、個性も発揮していない印象があり、むしろシリーズを通じて尻上がりに魅力を増していくようなところがある。アレンは本作でトロイに向かって、いかにも控えめな愛の告白をし、ここでは残念ながら実を結ばないのだが、次作“Death in a White Tie”で結ばれることになる。本作はストーリーやプロットとしては凡庸の域を超えないが、シリーズを楽しむ上では必読の作品だ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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