レスリー・ダーボン脚色 戯曲『予告殺人』

 レスリー・ダーボンが脚色した「ひらいたトランプ」を以前取り上げたが、ダーボンは「予告殺人」の戯曲版も手がけている。初演はブライトンのシアター・ロイヤルで行われ、そのあと、1977年9月21日からロンドンのヴォードヴィル・シアターで上演された。プロデューサーはいずれもピーター・ソーンダーズである。2013年にはオーストラリアでもツアーが行われたそうだ。台本版は1987年にサミュエル・フレンチ社から刊行された。
 不思議なことに、クリスティ自身は、ミス・マープルの登場する作品をただの一つも戯曲化していない。クリスティは、オリジナル戯曲「ブラック・コーヒー」を除いて、戯曲化に当たってポアロの存在を悉く省いてしまったのだが、ミス・マープルにいたっては戯曲化作品自体がないのだ。
 その理由はよく分からないが、一つの推測として、MGMによる映画化に懲りたというのが背景にあるのかもしれない。MGMの4本のシリーズでミス・マープルを演じたマーガレット・ラザフォードは、でっぷり太った貫録のあるおばあさんで、我々が原作を通じて親しんでいるミス・マープルとは似ても似つかない。クリスティ自身もミスキャストと思っていたようだ。(もっとも、ラザフォード本人とは親しくなったらしく、『鏡は横にひび割れて』をラザフォードに捧げたりしている。)案外、ミス・マープル役に意に沿わない配役をされてイメージを壊されてはかなわないという思いが、戯曲化を躊躇させた一つの理由だったのではないだろうか。(だからといって、愛着のあるミス・マープルを、ポアロのようにばっさり切るのも忍びなかったのかも。)
 もっとも、クリスティの生前には、モイエ・チャールズとバーバラ・トーイが脚色した「牧師館の殺人」が1949年に上演されていて、これはピーター・ソーンダーズがクリスティから注目されるきっかけたとなったヒット作だ。クリスティは、「死との約束」でミス・プライスを演じたジョーン・ヒクソンに、いずれミス・マープルを演じてほしいと手紙に書いたこともあるし、ふさわしい役者に恵まれさえすれば本当は舞台化もやぶさかではなかったのかもしれない。『魔術の殺人』などはいかにも舞台向きの作品のように思えるし、ぜひ手がけてほしかったところだ。
 ダーボンは、「ひらいたトランプ」では、クリスティの手法を真似てポアロを省いていたが、「予告殺人」では、そのままミス・マープルを探偵役として登場させている。当然かもしれないが、ストーリーも原作を尊重したもので、根幹を変えることはしていない。
 場面はもっぱら、チッピング・クレグホーンの邸宅の客間を舞台に進行する。原作では、犯人逮捕のあと、場を牧師館に移して、ミス・マープルが謎解きを披露するという流れになっているが、ダーボンは、舞台という制約された空間を逆手に取って、犯人の暴露から謎解きに至るまで一気呵成に一つの見せ場を作り上げている。これは「ひらいたトランプ」でも同様だった。場面に変化がない反面、見せ場を集約することでクライマックスのテンションを高める効果を上げているといえるだろう。
 元の長編でミス・マープルが声色を使って犯行を阻止するシーンは、ロバート・バーナードが『欺しの天才』で「ドタバタショー」だとこき下ろしているものだが、ダーボンはそのまま採り入れている。確かに小説では荒唐無稽な印象もあるシーンなのだが、舞台という見せ場では、案外効果的に思えるから不思議だ。
 ただ、これは「ひらいたトランプ」でも感じたことだが、犯人を前に謎解きをするシーンはそれなりに迫力を生む効果はあるものの、謎解きの説明が饒舌でくどい印象を受けるのも事実だ。小説ならともかく、舞台で一人の探偵役が滔々とまくし立てるのは、動きが静止してしまうだけでなく、説教臭い印象すら受けてしまうだろう。クリスティは、「ゼロ時間へ」では、トリーヴズ弁護士とバトル警視の二人に謎解きの役割分担をさせて、起伏を持たせるように工夫しているのだが、ダーボンはこれに比べると、安易にセリフに頼って謎解きを片付けてしまう傾向があるように思われる。やはり本家本元に比べると、見劣りがしてしまうのは仕方がないのかもしれない。
 もう一つ、クリスティ自身と比べて違いを実感するのは、ト書きの簡潔さだ。J・B・プリーストリーの「夜の来訪者」もそうだったが、ト書きは必要最小限の指示にとどめて、あとは演出家や役者の創意工夫に委ねるのが本来のやり方なのかもしれない。座るテーブルの椅子の位置まで事細かに指示するクリスティのト書きは、ある意味、完璧主義者の面目躍如たるものがあるのかもしれないが、きっと役者泣かせだったことだろう。
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