アガサ・クリスティ ‘Detective Writers in England’

 「ディテクション・クラブ」のリレー長編『警察官に聞け』(1933)が刊行80周年を迎えたことを記念して、昨年、その新版がハーパー・コリンズ社から刊行された。この新版には、アガサ・クリスティのエッセイ‘Detective Writers in England’が新たに収録されている。
 このエッセイは1945年に情報省の要請に応じてロシア語の雑誌に掲載するために書かれたもので、単行本収録はこれが初めて。タイトルのとおり、(ドイルを別にして)同じ「ディテクション・クラブ」に属する作家仲間たちのことを論評したエッセイだ。
 クリスティが他の作家を論じたものとしては、作中のキャラクターを通じて語った『おしどり探偵(二人で探偵を)』や『複数の時計』があるし、インタビューに答えて触れているものもある。しかし、この新版に序文を寄せているマーティン・エドワーズが、「おそらく「ディテクション・クラブ」の仲間たちは誰も彼女のコメントを目にしないだろうと高をくくって、実にあからさまに書いている」と述べているように、クリスティがここまで腹蔵なく同時代の作家たちを論評したものはほかに例がないだろう。
 俎上に載せられた主な作家は、コナン・ドイル、マージェリー・アリンガム、ドロシー・セイヤーズ、H・C・ベイリー、ジョン・ディクスン・カー、ナイオ・マーシュ、F・W・クロフツ、アントニイ・バークリー。
 ドイルについては、当たり前かもしれないが、推理小説の開拓者として、特にホームズとワトスンの創造について特筆している。
 クリスティが最も称賛しているのは、やはりアリンガムで、「今日最も重要な探偵小説作家の一人」として、“Police at the Funeral”、『幽霊の死』、『判事への花束』を例に挙げながら、彼女の文体、人物描写、雰囲気づくりの才能を特筆している。が、その一方で、プロットよりも人物描写に力を入れるあまり、犯罪の解決がサプライズではなく、ありきたりになりがちだと注文もつけている。
 セイヤーズについては、『誰の死体?』、『不自然な死』、『ベローナ・クラブの不愉快な事件』をベストに挙げ、これらの作品に優れたシンプルさと「パンチ」を加えていると称賛しているが、その一方で、年を経るにつれてピーター卿がただの「ハンサムなヒーロー」になってしまい、ハリエットという「小うるさい娘」にデレデレしていると難じている。
 これに比べると、ベイリーのフォーチュン氏は、思慮深く魅力的な女性と結婚していて、鋭敏さも影響を受けていないし、事件の処理はまるで外科医の手術のようだと称賛しているが、長編は短編ほどうまくないともしている。
 カーに対しては、「魔術師の巨匠」、「最高の魔法使い、ミスディレクションの技のキング」と呼び、『アラビアンナイトの殺人』や『赤後家の殺人』を例に挙げながら、不可能犯罪の巧妙さを称賛している。
 ナイオ・マーシュについても、『ランプリイ家の殺人』、“Death in Ecstasy”、“Artists in Crime”を例に挙げながら、人物描写のうまさを称賛しているが、『ランプリイ家の殺人』では、一家の描写を楽しめても、殺人のほうは忘れてしまいそうだとも述べている。
 クロフツについては、「アリバイの巨匠」と呼び、アリバイ好きの読者ならコツコツ型のフレンチ警部の努力を楽しめるだろうとして、『樽』を例に挙げながら作品の特徴を解説している。
 バークリーについては、「最後のどんでん返し、意外な大団円の巨匠」と呼び、彼の作品はみな楽しくて興味深いと述べている。
 ほかに、マイケル・イネス、ジョン・ロード、グラディス・ミッチェル、オースティン・フリーマンについても簡単に触れた上で、以上の作家を「私自身が最も称賛し、同業者の中でも最高と思う作家たち」としている。まさにちょうど一ダースだ。但し、あくまでイギリスの作家という前提なので、お気に入りの作家として知られるエリザベス・デイリーは言及されていない。
 自分については「勤勉な職人」だとした上で、アメリカの新聞から「死の女公爵」というあだ名を奉られたと紹介している。「私は推理小説の執筆を楽しんできたし、「緊密な」推理のプロットを組み立てる際の忍耐と厳しい訓練は、思考のプロセスに良い効果をもたらすと思っている」として、注意深く組み立てられた全体の一部として細部がぴたりとかみ合うように、まず青写真を描かなくてはならないし、こうした職人的な仕事をするには「構成的な思考力」が必要だとしている。
 こうした推理小説に対する姿勢や、人物描写や雰囲気づくりの才を称賛しつつも、プロットをより重視する視点から切り込む作家評は、いかにもクリスティらしく、まさに「欺しの天才」の面目躍如たるものがある。短いながらも貴重なエッセイと言えるだろう。
 このエッセイでも、ポアロの存在が次第に疎ましくなってきた心情を吐露していて、彼は創造した作家よりも他の人間から愛されているようだと語り、最後に、若い作家への助言として、シリーズ探偵を創造する際は、ずっと自分について回るかもしれないから気を付けるように、と述べて締めくくっている。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示