アガサ・クリスティ ‘The Woman of Kenite’

 ‘The Woman of Kenite’は、1920年代にイタリアの雑誌に掲載されたというクリスティの短編。昨年になって発掘された作品で、元の英文原稿が残っていないため、イタリア語から英語に反訳され、オリジナルのイタリア語テキストと併せて収録されたペーパーバックが出ている。
 分量は9頁(反訳は10頁)という短い作品であり、普通なら単独では単行本化しないものだが、偉大なるクリスティの新発見作品ということで敢えて出版されたものらしい。

 ストーリーの舞台は1922年の南アフリカ。同年に起きた「ランド・ストライキ」と呼ばれる金鉱山の白人労働者によるゼネストと、ヤン・スマッツ南アフリカ連邦首相による軍を動員したストの鎮圧を背景としている。
 ドイツ人のシェーファーは、スマッツによるストの鎮圧からかろうじて逃れ、ヨハネスブルグから、共産主義者の同志であるヘンシェル氏の農場にたどり着く。シェーファーは、野菜の取引を隠れ蓑にしてダイナマイトなどの軍需品を提供していたのだった。
 農場からは40歳に近そうな女が出てきてシェーファーを迎える。シェーファーは彼女をヘンシェルの妻で、オランダ人だと思うが、ヘンシェルは、妻はオランダ人ではないと言う。
 ヘンシェルが出かけたあと、女はシェーファーにコーヒーを出す。女は、自分はフラマン人であり、子どもはおらず、赤ん坊がいたが死んでしまったと言う。シェーファーはかつてベルギーで従軍した経験があり、当時のことが頭をよぎる。
 そのうち、シェーファーは眠気を催し、ふと女のほうを見ると、聖書を読んでいるのに気づく。女は、旧約聖書「士師記」第四章を読んでいると言う。シェーファーはその意味を考えているうちに眠気に耐えられなくなり、倒れて意識を失う・・・。

 本作は、「士師記」に描かれる、カイン人ヘベルの妻ヤエルが将軍シセラを殺す物語をモチーフとしている。謎解きものではなく、「ナイチンゲール荘」や「事故」などと同様のサスペンスものに属する。なお、以前の記事で紹介した、「ディテクション・クラブ」のラジオ・ドラマ・シリーズの一つ、‘Butter in a Lordly Dish’は、この短編をベースに脚色したシナリオとされる。
 短いながらもそれなりに面白いストーリーなのだが、イタリア語から英語への反訳がひどい代物で、日本人の私が読んでも明らかな翻訳ミスや文法的誤りが多数見受けられるし、なにより、機械的に訳した痕跡が濃厚で、文学的な筆致は完全に打ち消されてしまっている。ミスを度外視しても、砂を噛むような味気ない文体にうんざりさせられる。前半部分はイタリア語の原文が収録されているが、イタリア語が読めるものなら、よほどそっちで読みたかったと思うほどだ。貴重なクリスティの新発見作品でもあり、いずれ保管文書の中からオリジナルの原稿が発見されて、正式に刊行されることを切に希望するものである。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示