アガサ・クリスティ 戯曲改訂のプロセス

 以前の記事で、戯曲「そして誰もいなくなった」の版の間に異同があり、その原因が不明である旨を書いた。どうやらその謎は解けたようだ。
 この戯曲の初版は、イギリスのサミュエル・フレンチ社から1944年に“Ten Little Niggers”のタイトルで刊行されている。
 ところが、この戯曲には、1946年に同じフレンチ社から出た米版があったのだ。これは“Ten Little Indians”と、ブロードウェイ初演時の公演を反映して改題されているだけでなく、テキストも改訂され、舞台平面図もこれに応じて手が加えられている。のちのドッド・ミードやハーパーの戯曲集版に収録されたテキストは、この米版に基づいているのだ。米フレンチ版のコピーライト頁には、Copyright, 1946 (Revised Acting Version), by Agatha Christie とあるので、このテキストがクリスティ自身による改訂であることも明らかだ。
 この米版は、冒頭の初演データも米初演のデータに差し替えられている。のちの米ドッド・ミード、ハーパーの戯曲集版が米初演のデータを載せているのは、これを反映した結果と分かる。紛らわしいのは、英ハーパー・コリンズ版が、テキストはこの改訂版に基づきながら、初演データのほうは英初演のデータを載せていることだ。しかも、タイトルを小説版に合わせて‘And Then There Were None’と変えているからますますややこしい。
 さらに紛らわしいのは、フレンチ社の英版のほうは、その後の版でも英初版のテキストを変えずに載せていることで、改訂版を反映していないこと(但し、‘And Then There Were None’と改題された現行版は私もまだ確認していない)。つまり、英版と米版とでテキストの差異が生じる結果になっているのだ。これは、小説の『動く指』や『三幕の殺人』と似た状況と言えるだろう。(但し、通常は英版のほうが最終形を表しているものだが、米版のほうがのちの改訂版である例は珍しい。公演の経験を踏まえながら改訂するという戯曲ならではの特殊事情ゆえであろう。)
 戯曲「そして誰もいなくなった」に英版と米版の違いがあり、米版が改訂版であることは、リチャード・ダルビーの‘Spotlight on Agatha Christie’も言及しておらず、私もこれまでまったく見逃していた。我ながら驚くべき発見。
 やや詳細に踏み込めば、米フレンチ版は、冒頭に‘Story of the Play’という頁を設けて、ストーリーの概要説明を載せている。これは英版にはないし、のちの戯曲集版も省いている。巻末の小道具のリストも、米版は大幅に変わっていて、幕ごとに区別せず一括して載せていている(照明の手配は載せていない)。他方、英初版の冒頭に載っていた‘Ten Little Niggers’の童謡は米版にはなく、舞台写真も省かれている。
 そして、巻末の舞台平面図も、英初版と比べて大幅に変わっているし、上手に二つあるドアも、予想どおり、「上手奥のドア」、「上手手前のドア」と区別されている。以下に、違いが分かるように、それぞれの平面図をアップしておこう。

舞台平面図 英初版
英初版平面図

舞台平面図 米改訂版
米改訂版平面図

 しかし、未だに釈然としないのは、戯曲「死との約束」のほうだ。これはフレンチ社の初版(1956年刊)と2014年刊の現行版との間に大きな差異がある。違いは主にト書きで、現行版は細かすぎるほどの初版のト書きの指示を簡略化したり、そのほかにもいろいろ改変を加えている。さらには、レディー・ウェストホルムに子供がいるかという彼女とヒッグスとの会話を省くなどのセリフの改訂もある。むしろ、初版のテキストに近いのは、ドッド・ミードやハーパー・コリンズの戯曲集版のほうだが、こちらもセリフに別の個所で一部省略がみられる。さらに紛らわしいのは、他の版では‘Production Note’となっているものが、ハーパー・コリンズ版では‘Author’s Note’となっているなど、戯曲集版の間でもわずかながら異同があることだ。
 「ブラック・コーヒー」や「そして誰もいなくなった」でも、改訂の過程でト書きが詳細化されていく傾向があることを考えると、「死との約束」の現行版がクリスティ自身による改訂とは考えにくい。著者の生前に出たものではないからなおさらだ。まして、子供がいるかいないかという会話が省かれたのは、むしろ不妊女性への配慮といった今日的視点からの削除であることを強くうかがわせる。(「ゼロ時間へ」も英初版にあった‘nigger’という言葉がハーパーの戯曲集版では省かれているが、これもやはり人種への配慮という今日的視点からの削除だろう。) さらに言えば、ミス・プライスとジェラール医師のホテルの部屋番号が同じになっていたり、ト書きの一部がセリフと混同されるなど、現行版は初版と比べて誤植がひどく目立つし、巻末の小道具の手配等も変更が加えられている。これは明らかに著者以外の人物がのちに手を加えた結果そうなったのだろう。
 その証拠の一つは、時代指定が初版では「現代(the present)」となっているのに対し、現行版は「1945」と年代を具体的に指定していることだ(1945年は初演が行われた年)。これは、初版刊行当時は「現代」でも、現在の視点からすれば過去であることを配慮しての変更と思われるからだ(「現代」という指定は他の戯曲でも多いが、年を特定しているものは一つもない。レスリー・ダーボンの「ひらいたトランプ」は「1935」と特定。)。さらには、写真のみならず、初版にあった舞台平面図すらも現行版では省かれている。改悪ないしは恣意的な改変ともいえるこれらの変更を斟酌すると、「死との約束」の一番信頼できる版はフレンチ社初版ということになる。但し、これは現在では稀覯本で、古書市場でも容易に手に入らない。

戯曲「死との約束」英初版
「死との」約束初版


 これまでの調査を整理すると、改訂の著しい戯曲の改訂プロセスは以下のようになる。

「ブラック・コーヒー」 
 初版(1934年:アルフレッド・アシュリー刊) ⇒ 改訂版(1952年:サミュエル・フレンチ刊)
「そして誰もいなくなった」
 初版(1944年:英フレンチ刊) ⇒ 改訂版(1946年:米フレンチ刊)
「死との約束」
 初版(1956年:フレンチ刊) ⇒ 改訂版(2014年:フレンチ刊)

 「ブラック・コーヒー」、「そして誰もいなくなった」は著者自身による改訂だが、他方、「死との約束」は明らかに他者による改訂だ。なお、邦訳は、「ブラック・コーヒー」はフレンチ版、「そして誰もいなくなった」は英フレンチ版を底本にしている。
 細かいことを言えば、ト書きの改行の仕方も版によって異なり、フレンチ社の現行版は、初版よりも改行やスペースを増やす傾向があるのに対し、戯曲集版は反対に詰める傾向がある。
 こうなると、版の取捨選択は非常に悩ましい問題となってくる。基本的には、舞台平面図や写真、小道具手配等も載せている英フレンチ社初版が一番信頼の置ける底本だろう。
 しかし、「ブラック・コーヒー」は、アシュリー版のほうが刈り込み後のフレンチ改訂版よりセリフや場面が充実していて捨てがたいものがある。
 他方、「そして誰もいなくなった」は、米改訂版を最終的なテキストとして選ぶべきだろう。舞台写真は英初版にしかないが、上記のとおり、配置自体が改訂されているので、どのみちそのまま依拠するわけにいかない。仮に今後、新訳を出すとすれば、テキストは米改訂版に依拠しつつ、初演データは英米両方を掲載して、英初版の舞台写真も一応の参考として載せるのが最も理想的といえる。ただ、巻末の小道具や照明の手配は英初版のほうが詳しく、米改訂版は簡潔にしか載せていないので、どう扱うか難しいところだ。
 さらに、紛らわしいのは、フレンチ社の台本版は刊行年の記載がなく、コピーライト頁に、のちの版であっても初版の年を記載しているものが多いことで、「ブラック・コーヒー」フレンチ版も、1934年とアシュリー版の初版の年を刷り込んでいて、実際の刊行年(1952年)を明示していない。ミステリ・マガジン1990年10月号に掲載された「そして誰もいなくなった」の邦訳も、訳者は初版を底本にしたと述べているが、訳者が言及している、のちにタイトルを変更した云々の記載は真の初版にはないので、訳者が底本にしたものも実際はのちの版である可能性が高い。だから舞台写真も載せていないのだろう。
 そんなわけで、以前の記事で指摘したことも併せると、これまでに邦訳されたクリスティの戯曲は、多かれ少なかれ、ことごとく問題を含んでいることになる。改訂前のテキストを底本にしているもの、舞台写真や小道具等の手配を省いているもの、戯曲集版を底本にして舞台平面図等を省いたり、自前で描いているもの、さらには、下手・上手の方向指示を混乱させているもの、歴史知識に誤りの見られるもの・・・。

戯曲「そして誰もいなくなった」英初版
英初版

戯曲「そして誰もいなくなった」米改訂版
米改訂版

(後記)その後、フレンチ社の現行版“And Then There Were None”を参照することができた。テキストは米改訂版になっており、初演データもニューヨークでの初演データに差し替えられている。しかも、「インディアン島(Indian Island)」は「兵隊島(Soldier Island)」に変更されており、小説版と足並みを揃えているようだ。従って、英初版のテキストは現在入手可能な版からは完全に消えてしまったことになる。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

戯曲のタイトルもテン・リトル・ソルジャーズとかになるんでしょうか?

ニガーズ⇒インディアンズと変わったのは、クリスティ自身も了解してのことですが、ソルジャーズは著者没後のことで、いわば著者自身の与り知らぬところで変更しちゃってるわけですよねえ。(もちろん著作権者は了解しているのでしょうけど。)
本文でも書きましたが、後世の人が勝手にいじっちゃうのはいかがなものですかね。もちろん、差別用語の問題は無視できないし、当事者の心を傷つける言葉は慎まなきゃいけないのも当然だけど、時代背景を反映している面もあるから、時代を超えた歴史的文献としての価値を考えると、どうなのかなとも思うんですよね。
でもまあ、自分の書く文章は、もちろん気を付けなきゃいけないですけどね。「○手落ち」が差別用語かという議論もありましたが、マジでこの言葉に振り回されたことがあるんですよ。言葉はいつも冷や汗ものです(汗)

No title

差別用語は難しいですね。それで不快な思いをする方がいる可能性を考えると。
二度あることは三度あるで、ソルジャーもそのうち差別用語になっちゃうんじゃないかと心配したり(笑)
そして誰もいなくなったは、旧早川ミステリ文庫にクリスティー文庫、そして戯曲と読みましたが、全部島の名前が違うというのが可笑しいですね。
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