ガストン・ルルー『ルールタビーユ、クルップに乗り込む』

 “Rouletabille chez Krupp”は1917年から18年にかけて雑誌に連載され、1920年に単行本化されたルールタビーユものの第5長編である。実際は、第4長編の“Rouletabille à la guerre”(戦時のルールタビーユ)(1914)が二つの作品を合本したものなので、6番目の冒険譚に当たる。

 第一次大戦のさなか、ヴェルダンの前線から呼び戻されたルールタビーユ伍長は、「エポック」紙の編集長から、フランス政府首脳の集まる秘密の会合に自分と一緒に同席するよう求められる。
 警察庁長官の部屋で行われた会合の席上、ルールタビーユは驚くべき話を聞かされる。ラジウムの研究に携わっていた科学者、テオドル・フルベールは、ベルリン規模の都市をほんの数分で壊滅させる兵器の開発に成功した。フランス政府に相手にされなかったフルベールは、イギリスの研究所と資産家の協力を得て、「ティタニア」と名付けられたその最終兵器ミサイルの小型モデルの製造を進める。
 完成した兵器の実験が、資産家が所有する、マン島から二百キロ離れた小島で行われた。島の住民は事前に避難させられ、五十頭の牛と三百頭の羊が実験用に残されたが、「ティタニア」の爆発後、村も森も家畜もすべて消滅し、ただの灰燼と化していた。
 ところが、その実験の翌日、フルベールは仕事場に姿を現さなかった。マン島の彼のコテージに赴くと、フルベールの妻がベッドに意識を失って縛られていた。フルベールは、娘のニコル、二コルの婚約者で助手のポーランド人、セルゲイ・カニエフスキーとともにドイツ人に誘拐され、潜水艦で連れ去られたと分かる。「ティタニア」の設計図も一緒に持ち去られていた。
 エッセンにあるクルップの工場から脱出してきたヌリという男の証言から、フルベールたちがそこで「ティタニア」の製造に従事させられていることが判明する。盗まれた設計図には兵器のおおまかな設計が描かれているだけで、製造に不可欠な化学式はフルベールとセルゲイしか知らなかった。
 セルゲイがニコルを心底愛していることを知ったドイツ側は、ニコルに食事を与えず、餓死寸前にまで追い詰めることで、ついにセルゲイを屈服させ、「ティタニア」製造に協力させる。しかし、セルゲイは間違った数式を教えてドイツ側を欺いていた。
 ミサイルの製造が進めば、いずれはその数式が嘘であることが露見する。欺き通せるのも4、5か月が限度だった。フランス政府の要請を受け、ルールタビーユは、二人の仲間とともに、エッセンのクルップの工場に乗り込んでいく・・・。

 前作“Rouletabille à la guerre”で、ブルガリアの美女、イヴァナ・ヴィリチコフと結婚したルールタビーユだが、本作では、イヴァナは言及されるだけで登場しない。
 『黄色い部屋の謎』、『黒衣夫人の香り』は本格謎解き小説としての体裁を保っていたし、『ルールタビーユ、皇帝に招かれる』も、まだ謎解き的要素を含んでいたが、本作はほぼ完全にエスピオナージュとなっている。不可能犯罪の謎解きをする名探偵としてデビューしたルールタビーユは、ドイツ政府のパリ壊滅の陰謀を未然に阻止する救国の英雄となったわけである。
 クルップは現在でも、ティッセンクルップとして操業を続けるドイツ有数の重工業企業であり、日本にも拠点があるが、戦前は軍需産業として発展したため、「死の商人」と呼ばれたこともあった。まして、本作が書かれた当時は第一次大戦の最中であり、戦時プロパガンダ的性格もあってか、ドイツ人やクルップがことさら悪者に描かれているのは否めない。
  『ルールタビーユ、皇帝に招かれる』では、ロシア皇帝アレクサンドル二世を登場させたルルーだが、本作でも、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世が登場し、演説をぶつシーンを設けている。本作に登場するヴィルヘルムは、いかにも残忍で悪魔的な存在に描かれているが、これも時代的制約を理解しながら読む必要があるのは言うまでもない。
 本作で描かれる「ティタニア」は核兵器の出現を先取りしていたかのような印象も受けるが、当時、似たような最終兵器を描いたSFなどは珍しいものではなかったらしい。いずれにせよ、仮に時代的制約を斟酌するにしても、全体として些か荒唐無稽なストーリーであることは否めず、今日では、ルールタビーユのファン以外にはほとんど関心を呼びそうにない作品だろう。
 そうは言っても、そこは『黄色い部屋』の作者らしく、ちょっとした意外性もクライマックスに盛り込むことを忘れてはいない。ルールタビーユは、拉致された三人を脱出させる瀬戸際に、いきなりニコルを撲殺してしまう。その謎とこれに続く展開がクライマックスのテンションを高め、それまでの月並みな冒険小説的展開の退屈さをかなり救っているのも確かだろう。
 次作“Le Crime de Rouletabille”(ルールタビーユの犯罪)(1921)では、ルールタビーユは、妻のイヴァナ殺害の犯人にされ、再び謎解きの本領を発揮することになる。“Rouletabille chez les bohémiens”(ルールタビーユ、ジプシーの町に行く)(1922)ともども、いずれまた当ブログでご紹介することにしよう。
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ガストン・ルルー

ガストン・ルルーは「疑問の窓」の紹介以来「黄色い部屋の謎」とその次の「黒衣夫人の香り」は訳書がありますが、それ以外は非シリーズ譚の「オペラの怪」が「オペラ座の怪人」として訳されている丈で、他の長編は二三が大正期に紹介されたと云うのみで内容すらも判りませんでした。このルールタビーユ叢書は後になれば後に成程冒険活劇的なものになって居るとは知りませんでした。
この叢書、どこ迄か知りませんが(多分全部ではないと思います)発表当時に英語訳が続けて刊行されたと云う話を聞いた事があります。しかし、ヘイクラフトの時代ですら捨てて顧みる者がいない叢書と云う意味の事を云われていると聞いた記憶がありますが、時局に合わせた冒険もので只時局にあわせたのみと云うのでは時代と共に色褪せて打ち捨てられるのも無理はないのかも知れません。これでは、叢書の第三作以降の日本語訳も期待出来ない事に成ります。
***
仏蘭西の歴史的の探偵小説は松村氏が纏めて梗概などを紹介して居る以外は知りませんでしたので貴重な御話でした。
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でも、英語のみならず仏蘭西語原書迄とは驚愕的です。

No title

黒衣婦人の香りは散々な評判だったので、何年も放置していたんですが、読んでみたら意外性があって面白かったので、その後の作品も読んでみたいですね。
黒衣は黄色い部屋の謎と続けて読んだ方がよかったなと、ちょっと後悔しています。

確かにシリーズ物は順序を前後して読むとまずい場合が多いですね。
ただ、翻訳自体が前後してしまうことがあるので要注意です。
マクロイなどもそうですよね。
ルールタビーユのシリーズは、後年の作が内容もよく知られぬままに
一部の評者の意見だけが一人歩きして、それを鵜呑みにしている人が
多いのが困ったところかもしれません。
『黄色い部屋』は確かに図抜けた作品かもしれませんが
その一方で、後続作がどれも読むに値しない愚作かというと
そんなことはないと思うし、もっとひどい愚作でも
翻訳されて珍重されている例が幾つもあるといえるかも(笑)
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