オースティン・フリーマン『歌う白骨』初版の問題

 フリーマンの『歌う白骨』は、倒叙推理小説を最初に世に問うた短編集であり、クロフツ、ロイ・ヴィカーズはもちろんのこと、「刑事コロンボ」シリーズの先駆として知られている。
 実際、「コロンボ」シリーズの生みの親、リチャード・レヴィンスンとウィリアム・リンクは、"Stay Tuned: an Inside Look at the Making of Prime Time Television"(1981)の中で次のように語り、フリーマンの影響を認めている。
 「『コロンボ』作品はみな、いわゆる倒叙ミステリの形式を用いたものだが、これはR・オースティン・フリーマンという英国作家が今世紀初期に考案したストーリーテリングの手法だ。エラリー・クイーンが『クイーンの定員』という推理小説の研究書で語っているところでは、フリーマンは次のような問いを提起した。『最初から読者に作者の秘密をすべて教え、その犯罪を実際に目撃させ、推理に用いられる事実をみな提供しておくような推理小説を書けるだろうか』。この自らの問いに、フリーマンは『歌う白骨』という作品に倒叙の手法を採用することで回答した。『コロンボ』のパイロット版二作を制作した時の経験から、我々はこの手法がテレビ番組に使えると直感したのである。」
 レヴィンスンとリンクも触れているように、『歌う白骨』は『クイーンの定員』にも選ばれているのだが、その英初版の見分け方には議論がある。
 事の発端は、ノーマン・ドナルドスンの“In Search of Dr. Thorndyke”。ドナルドスンは、その中で、初版のタイトル・ページには5行目に2か所の誤植があり、

 ‘JOHN THORNDYKE’S CASES,” “THE RED THUMB MARK, ETC.

という具合に、引用符の最初がシングルクォートになっていて、『赤い拇指紋』の引用符の終わり部分が欠けているとしたためだ。ドナルドスンの説明を鵜呑みにした古書業者も時折いて、この状態と異なるものを二次的な版として安めの値を付けたりしている例がある。
 ところが、ドナルドスンの初版の説明は、のちの版を誤って初版と説明している作品があるなど、かなりいい加減なところがあることが分かっている。
 “The Thorndyke File”第8巻の中で、R・ナラシマンがそのことを指摘し、『歌う白骨』についても、調査したところ、引用符が完全なもの、『赤い拇指紋』の終わり部分だけがシングルクォートになっているもの、最初と最後だけがシングルクォートになっているものの3種類が見つかり、ドナルドスンの説明に合致するものは見つからなかったという。
 ここから、ナラシマンは、誤植とされているものは、タイプの磨耗の結果として生じたものであり、むしろ完全な引用符で印刷されている版の方が印刷の過程では優先的な版ではないかというのだ。
 もちろん、途中で誤植に気付いて版を組み直した可能性もあるので、どちらが優先的かは断定できないのだが、いずれにしても、それはあくまで印刷の過程での問題であって、装丁や販売の段階での優先順位とは関係がないとしている。
 ドナルドスンもこの指摘を受けて、バタード・シリコン・ディスパッチ・ボックスから出した“In Search of Dr. Thorndyke”の改訂版では、ナラシマンの意見を付記している。
 したがって、古書業者がドナルドスンの記述に惑わされて、誤植のないものを「二次的な版」と思い込んで廉価で売っている初版は拾い物だということになる。
 ドナルドスンはもう一つ勘違いをしていて、前掲書の本文中で、『歌う白骨』も“John Thorndyke’s Cases”と同様に、雑誌掲載時にのみ載っていた写真やイラストがあるかのように説明しているのだが、ピアスン誌を実際に確認すると、フリーマンによるイラストや顕微鏡写真は載っていない。
 ただ、H・M・ブロックの挿絵は雑誌版にのみ載っているボーナスだ。このブログで順次紹介していきたい。


歌う白骨
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