ガストン・ルルー『ルールタビーユ、ジプシーの町に行く』

 “Rouletabille chez les bohémiens”(1922)は、ジョゼフ・ルールタビーユの登場する第7長編。シリーズ最後の作品であり、ノレ・ブリュネルによる遺族の公認を得た続編を除けば、ルールタビーユは本編をもって読者に別れを告げる。

 ルールタビーユは、妻イヴァナを失った悲劇的な事件のあと、フォーブール・ポワソニエルの古いアパートに住んでいた。友人のジャン・ド・サンチェルヌがアパートを訪ね、従僕の制止を振り切って書斎に入ると、本や書類が散らかり、三十代くらいの女がいた。女はジャンを認めると、ルールタビーユの寝室に通じるドアから出て行ってしまう。ジャンは、その女が警察と手を組むこともある女悪党で、「ピューヴル(たこ)」という異名で知られるマダム・ド・メイレンと気づく。
 しばらくすると、ルールタビーユが出てきて、深夜過ぎに戻って就寝したあと、何者かが書斎に侵入して荒らしていったのだという。侵入者たちは、気づいたルールタビーユを殴り倒し、猿轡をかませてベッドに縛り上げたが、同僚記者の来訪を知って退散したという。ルールタビーユによれば、あとで調べても、盗まれた書類はなかった。
 ジャンは、婚約者のオデットのことを相談しにルールタビーユを訪ねたのだった。ジャンは、二年前に知り合ったジプシー女のカリスタと恋に陥ったが、ジャンは、ド・ラヴァルダン氏の娘、オデットを愛するようになり、カリスタと別れて、結婚しようと考えていた。ところが、ド・ラヴァルダン家の館の隣に住むユーベル・ド・ロリアックという、かつてオデットに求婚した男が彼女に付きまとっているという。カリスタも、ジャンとオデットの婚約を知って、ド・ラヴァルダン家のあるレ・サンテ・マリーに向かったらしかった。
 ルールタビーユは、ジャンとともにレ・サンテ・マリーに向かうが、そこで事件が起きる。ルールタビーユたちは、ド・ロリアックの邸の庭でオデットのショールを発見するが、彼女は、ド・ロリアックから脅迫めいた呼び出し状を受け取り、その夜、ド・ロリアック邸の庭に赴いたらしかった。ところが、その現場に近い、ド・ロリアックの地所との境界をなす門のそばでド・ラヴァルダン氏の死体が発見される。
 ド・ラヴァルダン氏はこめかみを殴打され、血まみれになっていた。衣服が乱れ、シャツの襟首が破れるなど、氏の死体には明らかに格闘の跡が残っていた。手には、オレンジ色の繊維の切れ端が握られていて、それはド・ロリアックのネクタイの切れ端と分かる。オデットは、その夜の間に何者かに拉致され、行方不明となっていた。警察はド・ロリアックを逮捕する。
 ジャンは、ド・ロリアックが、呼び出したオデットを無理やり自分の邸に連れ込もうとし、娘の声を聞きつけたド・ラヴァルダン氏と格闘になり、氏を殺害した上で、オデットを拉致したものと考える。しかし、ルールタビーユは、ド・ラヴァルダン氏はオデットより先に現場に赴いたのだと主張し、殺人犯は決して捕まることはないと言う・・・。

 出だしは、ド・ラヴァルダン氏の殺害事件を中心に展開し、本格的な謎解きのような期待も抱かせるのだが、殺人事件の謎はストーリーの半分も行かぬうちに解き明かされ、その真相も拍子抜けするほどあっけないものだ。
 その後のストーリーは、オデットの出生の謎や、『祖先の書』と呼ばれるジプシーの予言の書の探求などが絡みながら、拉致されたオデットの追跡劇や、ジプシーの町に乗り込んで囚われの身となってしまうジャンの救出劇などに費やされる。釈放されてオデットの追跡劇に加わったド・ロリアックとジャンの葛藤、ジャンを取り戻すためにオデットをド・ロリアックと結ばせようともくろむカリスタ、カリスタを愛する同じジプシーのアンドレア、オデットを女王に据えようとするジプシー集団という具合に、ストーリーは、恋あり、嫉妬あり、陰謀ありの、ライダー・ハガードかアンソニー・ホープばりの冒険活劇へとなだれ込んでいく。
 しかも、いかにも連載小説を単行本化したものらしく、各章は短い上に(全部で61章!)、次に期待を持たせるような章の締めくくり方を繰り返すものだから、場当たり的な変転の連続のせいで、複雑な人間模様も絡んで、ややもすると方向が分からなくなりそうなくらいストーリーが錯綜する。もしかすると、最初は、ド・ラヴァルダン氏殺害を中心にした謎解きを書くつもりが、連載の途中から、それでは間が持たないことに気づき、発想を膨らませて冒険小説に仕立て直してしまったのではないかと思えるほどだ。起伏があって面白い面もあるが、プロットが比較的よくまとまっていた前作『ルールタビーユの犯罪』に比べると著しく見劣りがするのは否めない。
 ただ、そこは『黄色い部屋』の作者らしく、ちょっとした叙述のミスディレクションとサプライズを盛り込むことも忘れてはいない。随所にルールタビーユの日記からの抜粋が挿入され、出来事の推移がルールタビーユの一人称で描写されるのだが、実はそこに仕掛けがあることがのちに分かるのだ。謎の女、「ピューヴル」の正体は、真面目に考えると荒唐無稽に思えるが、いかにもルルーらしい読者サービスとも言える。ルルーのもう一人のシリーズ・キャラクター、シェリ・ビビのエピソードが途中に出てくるのもご愛嬌だ。
 ラストは、ジャンとともに、『ルールタビーユ、クルップに乗り込む』や『ルールタビーユの犯罪』などにも登場した仲間たちを相手に、事件の真相を語りながら夕食会を楽しんでいるところに、謎めいた事件の発生を告げてルールタビーユを呼び出す電話がかかってくる場面で閉じられる。しかし、新たな事件は語られることのないまま、ルールタビーユのシリーズは本作をもって終結することになったわけである。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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