ナイオ・マーシュ “Death and the Dancing Footman”

 “Death and the Dancing Footman”(1941)は、ロデリック・アレン首席警部が登場する長編。

 詩劇作家のオーブリー・マンドレイクは、ドーセット州クラウディフォールドの「ハイフォールド荘」の主人、ジョナサン・ロイヤルに招かれ、ある実験の計画を打ち明けられる。ジョナサンは、ほかに七人の客を週末の自邸に招く予定であり、それぞれの客は互いに因縁のある関係だという。彼らを一堂に会させた上で緊張した状況を作り、そこで演じられる生身の人間ドラマからマンドレイクに創作のヒントを与えてやるというのだ。
 七人の客とは、サンドラ・コンプライン夫人とその息子のウィリアムとニコラス、ウィリアムの婚約者のクロリス・ウィン、整形外科医のフランシス・ハート、美顔術師のエリーゼ・リセ、同じく美顔術師でジョナサンの親戚のハーシー・アンブリントンだった。
 コンプライン夫人は二十年ほど前に外国で整形手術を受けたが、手術は失敗し、容貌を醜く損ねてしまっていた。ハートはオーストリアから帰化した医師だったが、実はその手術を執刀した整形外科医だった。
 ウィリアムとニコラスの兄弟は性格も対照的で不仲であり、クロリスはかつてニコラスと婚約していたが、今はウィリアムの婚約者となっていた。クロリスは浮気しがちなニコラスを見限って婚約を解消したのだが、ニコラスのほうはマダム・リセに思いを寄せていた。さらに、ハーシーは商売敵のマダム・リセに顧客を奪われ、彼女のことを「海賊」と呼んで毛嫌いしていた。
 初めは相手に気づかなかったコンプライン夫人とハート医師も、かつての医師と患者だと互いに気づくなど、次第に状況は耐え難いものになっていき、滞在を切り上げようと考える者も出てくるが、折しも降雪が始まり、邸は雪に閉ざされてしまう。
 その矢先、マンドレイクが何者かに背後から押されてプールに突き落とされるという事件が起きる。どうやらマンドレイクはニコラスか誰かと間違って狙われたらしかった。さらに、ニコラスの部屋のドアに、仏像がまぬけ落としで仕掛けられ、ニコラスが腕に負傷する事件も起きるが、頭に直撃していれば命にかかわるところだった。
 そして、ついに殺人事件が起きる。ウィリアムがニュージーランド産の石作りの棍棒で頭を殴られて殺されているのをハーシーが発見する。ウィリアムのいた喫煙室は、図書室と居間、玄関ホールにドアで通じていた。死体発見の直前まで、図書室には、ジョナサン、ハーシー、クロリス、マンドレイク、ニコラスがいて、居間にはハート医師がいた。図書室にいた人々はウィリアムが喫煙室でラジオをつけ、音楽やニュースの音が流れてくるのを聞いていたためアリバイがあり、居間に一人でいたハート医師が犯人として疑われる。
 しかし、ラジオのつくのが聞こえる前に、従僕のトマスが酒のグロッグを図書室に持っていき、再び玄関ホールに出た際に、ハート医師が居間を出て二階に上がっていく姿を目撃していた。トマスはラジオから聞こえてきた「ブーンプス・ア・デイジー」というダンス音楽に惹かれて、ホールで思わず一人で音楽に合わせて踊っていたという。音楽がニュースに変わるとトマスはホールから立ち去ったが、ハーシーが図書室から喫煙室に入ってウィリアムの死体を発見したのは、トマスが立ち去ったほんの数分後だった・・・。

 本作は、ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”にも取り上げられているように、不可能興味の横溢する謎が取り入れられているが、密室ものというより、アリバイものと言ったほうが正確だろう。
 マーシュの長編で不可能興味を盛り込んだ作品としては、以前も触れたように、ほかに“Death at the Bar”、“Swing, Brother, Swing”、『道化の死』があるが、犯罪のトリックとして見る限りでは、これらの中では本作が最も魅力に乏しいもののように思える。シンプルさと大胆さが光る後二者に比べると、ありきたりな機械的トリックにすぎないからだ。
 トリック偏重の視点で評価すると(我が国にありがちな傾向でもあるが)、マーシュ作品の中でも突出した作品であるかのように錯覚しそうになるかもしれないが、リファレンス・ブックなどを参照しても、やはり海外でもさほど注目されてはいないようだ。
 ただ、視点を切り替えて、全体のストーリーやプロットに注目すると、この時期以降のマーシュの作品には、中間部で退屈な尋問シーンが延々と続くパターンから脱却しようと努めた跡がよく窺えるし、本作も例外ではない。ストーリーは、孤立状況における特殊な人間関係をベースに展開し、一触即発の緊張感が持続していくため、だれることがない。殺人そのものは三分の二近くまで来てようやく起き、アレンの登場とその捜査もそこから始まるため、いつもの尋問シーンは終わりのほうでようやく駆け足で描かれるだけだ。その分、アレンの存在感がやや希薄になったきらいはあるが、それを補って余りあるほどストーリー・テリングに格段の進歩が見られる。余談だが、まぬけ落としの採用といい、本作の設定はのちの“Tied Up in Tinsel”を連想させるところもあるようだ。
 プロットは手堅いものの決して独創的とは言えないが、全体としてはまずまずの佳作として評価できる作品ではないだろうか。
 なお、タイトルの“Death and the Dancing Footman”は、シューベルトも作曲の題材にした「死と乙女」(Death and the Maiden)をもじったものと思われる。「死と乙女」はもともと中世の「死の舞踏」(Dance of Death)のモチーフに由来する芸術の題材であり、従僕のダンスが死と隣り合わせのものであることをこのタイトルから連想させるようにしているのだ。いつもながらマーシュはタイトルの付け方が実にうまい。
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