脱線の余談――歴史とミステリ

 私は歴史が好きだ。史学科卒でもないのに、学生時代から東西の歴史書や研究書を読み漁ってきた。私の「『時の娘』再考」や『キャッツ・アイ』の解説をお読みいただいた方ならお気づきと思うが、英国史は特に強い関心の対象であり、関連書を原書で読んだものも少なくない。
 日本人でも、ヘンリー八世、エリザベス一世と言えばピンとくる人も多いだろうが、ロバート・ザ・ブルース、シモン・ド・モンフォールと言われて誰なのかすぐに分かる人は少ないだろう。だが、そんな人たちの評伝なども原書で読んで親しんだりしているのだから、我ながらマニアだと苦笑してしまう。イギリスに滞在していた頃、歴史の話題になると、「君はイギリス人より英国史に詳しいね」とよく皮肉半分で言われたものである。
 ただ、歴史の探究はミステリと相通ずるものがある。歴史には解明を要する謎がいたるところにあり、歴史学者は常に粘り強い探究を通じ、時には大胆な洞察を働かせて、そうした謎の解明に取り組んできたからだ。歴史ミステリという分野が存在し、ミステリ・ファンから人気を博するのも、まさにこうした共通の謎解きの面白さがあるからにほかならない。
 英国史ということであれば、『時の娘』の題材となったロンドン塔の二王子の謎のほかにも興味深い謎はいろいろある。例えば、スコットランド女王、メアリ・スチュアートの夫、ダーンリー卿ヘンリー・スチュアートの死をめぐる謎もそうだ。ダーンリー卿の殺害にメアリ自身が関与していたのか否かという問題は、今日なお議論の分かれるところであり、邦訳もあるメアリ・スチュアートの評伝を書いたアントニア・フレイザー(『尼僧のようにひそやかに』など、ジマイマ・ショアのシリーズを書いたミステリ作家でもある)や、アリスン・ウィアなどは、メアリの無実を強く示唆しているが、ドイツ人作家のシュテファン・ツヴァイクは、メアリの関与をほぼ自明のものとして認めている。
 フランス史であれば、ルイ十四世時代の「鉄仮面」の謎があり、アレクサンドル・デュマやボアゴベなどが題材にして小説を書いているが、実在した「鉄仮面」(実際はビロードの仮面)の正体の解明を試みた労作としては、ハリー・トンプソンの『鉄・仮・面 歴史に封印された男』(邦訳はJICC出版)があり、その正体は実はルイ十四世の異母兄であり、ルイ十四世こそが私生児であったことを示唆している。
 日本史学も大いに興味のあるところで、古代史であれば、津田左右吉はもとより、直木孝次郎氏、井上光貞氏、岸俊男氏など、専門の日本史学者の研究書も随分読んできたものだ。水野祐氏以来の王朝交代説や、かつての郡評論争はもちろん、大化改新否定論をめぐる門脇禎二氏と直木孝次郎氏の論争なども、謎解きファンであれば大いに関心をくすぐられる議論ではないかと思う。
 実際、松本清張氏や高木彬光氏など、歴史の謎に挑んだ日本のミステリ作家はこれまでにも何人もいる。こうした作家による歴史再構成の試みは、専門の学者からはしばしば厳しい論評を受けてもいるのだが、古代日本史学の碩学、直木孝次郎博士は、「松本清張氏と古代研究」(『直木孝次郎古代を語る2 邪馬台国と卑弥呼』吉川弘文館所収)という論稿で、清張氏の議論に多くの批判を寄せつつも、稿の結びにおいて、「私は松本氏の功を認め、労を多としたいと思う」とも述べておられる。
 直木博士は、その論稿の中で、「歴史学者として必要な素質はいろいろあるだろうが、その一つはなぞときの能力である。丹念に資料をあつめ、それから過去に行われた史実を再現してゆくという歴史学の作業は、推理小説における探偵の仕事に似ていると、私はかねがね思っている」と述べた上で、「天才型探偵ではなく、凡人型刑事がコツコツ足で歩いて捜査をつみあげ、解決のめどがしだいにみえてくる、というタイプの小説が私は好きである」として、クロフツの名を挙げている。どうやら歴史学の泰斗もミステリを好んでお読みになるようだ。
 三年前に発見されたリチャード三世の遺骨は、最近も、DNA鑑定の結果から歴代英国王の血統に関する疑問まで惹起しているようだが、ミステリ・ファンとしても歴史の謎に対する興味はまだまだ尽きないものがあると感じている。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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