シャーロット・アームストロング『疑われざる者』

 『疑われざる者』(1946)は、有名な『毒薬の小壜』(1956)の10年前に書かれた、アームストロングの出世作として知られる作品である。
 邦訳もあるのでストーリーの詳細な解説は省くが、標題の「疑われざる者」とは、元演出家のグランディスン。自分が行っていた財産の横領に気づいた若い女秘書を自殺に見せかけて殺害した男である。彼女の婚約者だったフランシスは、グランディスンの犯罪を暴くために、グランディスンの同居人で、事故で行方不明となっているマティルダの夫を装って彼の家に乗り込む。ところが、マティルダは無事が確認されて生還し、フランシスの計画は狂い始める・・・というストーリー。
 『毒薬の小壜』は、殺人も死体も出てこないし、お人好しの登場人物だらけという、サスペンスとしてはやや変則技の作品だったが、『疑われざる者』は正攻法のサスペンス小説であり、グランディスンという悪の造形もなかなかのものである。
 フランシスがグランディスンの犯罪を暴き、その魔手からマティルダを守ろうと四苦八苦しているのに、肝心のマティルダのほうはグランディスンを信用し切り、フランシスの目論見を妨害するばかりで、かえって自分自身をますます危険に曝していることに全く気づかないという展開がストーリーのミソだ。読者はマティルダの浅はかさ、愚かさに歯痒さを感じながら、明らかに一枚も二枚も役者が上のグランディスンに翻弄される劣勢のフランシスの姿に手に汗握る緊張感を味わうことになる。
 囚われの身となったフランシスが一旦はマティルダの機転で救われそうになるのに、またもや彼女がグランディスンに軽率に事態を告げて暗転してしまう展開も、読者をやきもきさせる実に芸達者な演出だ。そこから続くクライマックスのゴミ焼却場のシーンは、まさにサスペンスの女王の面目躍如たるところで、グランディスンの言葉巧みな演技に警察すらも乗せられて、トランクに閉じ込められたフランシスがじりじりと瀬戸際へと追い詰められていく展開は、本作の一番の見どころだろう。
 人の好さや善意を巧みに逆手に取る心理的なサスペンスの手法は、『毒薬の小壜』とも共通したものがあり、この作者ならではの技法とも言える。サスペンスの名手としてのアームストロングの本領は、『毒薬の小壜』よりもむしろ本作においてこそ発揮されていると言っても過言ではあるまい。
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