マーガレット・ミラー『殺す風』

 ミラーの『殺す風』(1957)は、代表作として定評のある『狙った獣』の次に書かれた作品であり、ミラーの最も脂の乗った時期に書かれた作品の一つだ。
 まず、舞台がカナダであることに注目したい。ミラー夫妻はいずれもカナダの出身だ。マーガレット・ミラーはオンタリオの生まれでトロント大学を出ているし、夫のロス・マクドナルドも、生まれはカリフォルニアだが、青少年時代をカナダで過ごし、夫妻はトロントのキチナー=ウォータールー公立高等学校の生徒として在籍していた時に知り合ったのだ。
 従って、ヒューロン湖や小学校の情景など、本作で描かれる背景描写の細部には、実体験に根ざす臨場感があるし(言及のあるグローブ・アンド・メイル紙も、実在するカナダ最大の全国紙だ)、ドライに突き離すことなく、妙に互いを気遣う親密度の高い仲間内同士の人間関係も、のんびり牧歌的な雰囲気のあるカナダが背景としてちょうど似合っているように感じる。登場人物のセルマが、「ほんとにこの国って旧式で田舎くさいんだから」と口にする場面があるが、いい意味でも悪い意味でも、滞在した経験のある者がしばしば抱く実感だろう。
 邦訳があるのでストーリーの詳細は省くが、友人たちと合流する予定だったロン・ギャラウェイがいつまで経っても現れず、行方不明となるが、実は友人の一人、ハリーの妻のセルマと浮気して妊娠させてしまったことを知って、途中で車ごと湖に飛び込んで自殺を図ったらしい・・・という展開。
 発端も含め、ストーリー展開は、ミラーの作品の中でもサスペンス色の薄い地味な印象がある。代表作とされる作品に比べると、いま一つ言及されることが少ないのもこのためだろう。というのも、クライマックスに至るまで、ハリーと妻のセルマ、ロンの妻のエスターの間で演じられる愛憎がメインで、これに友人たちがあれこれ気遣って干渉するという、一見すると、ホームドラマか普通小説のような展開になるからだ。おどろおどろしいサスペンスを期待する向きにはやや味気ない展開だろう。
 ところが、本作は妙に我が国では評価が高いようだ。その理由は、おそらく、本作のプロットに負うところが大きい。ごくありきたりなホームドラマめいた展開が、クライマックスに至ると、大きなどんでん返しが待っていて、それまで思いこんでいた人間関係の構図ががらりと変わるような、巧妙に計算されたプロットが潜んでいたことが明らかになるからだ。いかにもミラーらしい、事前によく練られたプロット構成が光る作品の一つと言えるだろう。
 謎解きを好む読者層の厚い我が国では、アイリッシュと言えば『幻の女』が代表作になるように、こうしたトリッキーなプロットやサプライズ・エンディングに成功した作品が高い評価を受ける傾向がある。ミラーの場合も例外ではないようだ。実際、プロットが明らかになったあとで振り返ると、手がかりとも言うべき伏線が随所に散りばめられていたことにも気づくし、こうしたところにも謎解きファンを喜ばせそうな工夫がある。しかし、そんなポイントにばかり目が行くのも、本作を味わう上ではちょっともったいない気もする。
 代表作とされる作品群に比べるとやや薄味かもしれないが、個々の登場人物もそれなりに描けているし、だからこそ大団円のギミックも上滑りせずにうまく演出することができたともいえる。カナダの情景や雰囲気も楽しみながら、人間関係の綾を丹念に追っていくのも本作の楽しみ方の一つだろう。登場人物の個性や人間関係を描くことに長けているのもミラーの作品の特長であり、本作も例外ではないと思われるからだ。
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