ヘレン・マクロイ “The Sleepwalker”

 “The Sleepwalker”(1974)は、マリアン・タンセイという女性の一人称で進行していく。サスペンス仕立てではあるが、謎解きとしての骨格を有する長編だ。

 中古品安売り店に勤めるマリアン・タンセイは、三年間の月賦で新車を購入しようとするが、店舗で対応したディック・ラングという青年は、支払い能力を確かめるため、彼女の仕事や生活環境を根掘り葉掘り聞く。彼女には払える頭金もなければ、下取りに出せる中古車もなく、両親のことを聞かれても死んだとしか言えず、結局、販売を断られてしまう。
 マリアンは、ディックと再び出くわす。マリアンは、自分の勤める店を経営しているルース・ハヴィランドの家に間借りしていたが、ディックはルースが空き部屋の入居者を募集していると聞き、自分が借りることにするという。
 マリアンは、ルースの援助を得て新車を購入し、その最初の土曜、愛犬のバートを連れて、新車に乗って海辺にピクニックに出かける。ところが、翌朝、車庫に来ると、車の停車位置がずれていて、アクセルやブレーキに足が届かないくらい座席がうしろに下がり、灰皿にたばこの吸い殻が三本ある上に、エンジンをかけると、ラジオから音楽が鳴り出し、スイッチが入ったままになっていることに気づく。彼女はたばこが大嫌いだったし、前日きれいに洗ったはずなのに、フロントガラスには鳥の糞が付いていたことから、何者かが夜間に勝手に車を運転していたと知る。
 車庫の鍵を持っているのは、ルースのほかに、その息子のビルと妻のドーラがいたが、マリアンには彼らがそんなことをするとは信じられなかった。事情を聞いたディックは、車庫の鍵の付け替えをルースに頼むよう彼女に勧める。
 その矢先、ビルは夜中に車庫のドアが開く音で目を覚まし、車庫に降りてみると、マリアンの車のエンジンがまだ温かいことに気づく。翌朝、ビルとマリアンは車に何か隠されていないか調べるが、車に大きなへこみができているのに気づき、再び何者かが夜間に車を借用して運転していたことが分かる。
 ルースの家の屋根裏部屋にドナルド・スティーヴンスという男が入居してくるが、彼はレベッカ・シェルビーという恋人も一緒に連れてきていた。レベッカは、マリアンが勤める店に来て、万引きの現場をマリアンに見とがめられた女性だった。レベッカは盗癖のある女で、万引きの前科もあったが、ルースはマリアンと一緒に彼女を店で働かせることにしたという。
 ディックは、車庫の鍵を付け替えるまでに一日間があくことから、その晩だけ、車庫でマリアンの車を見張っていることにした。ところが、その夜、マリアンが夢遊病状態で車庫に向かうところをビルが見つける。実は、マリアンは二年前からの記憶しか持たず、自分の本名も知らない記憶喪失者だった・・・。

 レベッカが、自分が盗んだ商品を早朝こっそり返しに来たところを狙撃主に射殺されるという、肝心の事件は後半に入ってからようやく起き、展開にややもどかしいところはあるが、車をめぐる謎やマリアンの過去の秘密と夢遊病が織りなすサスペンスのおかげで、それほどだれることなくストーリーが進行していく。プロットの構築や伏線の張り方もまずまずだ。
 本作には、“A Question of Time”(1971)のアルフレッド・ネローニ博士が、再び探偵役として登場している。精神科医ではないと本編中ではっきり書かれているのだが、催眠術によって記憶を取り戻す試みをマリアンに勧めたり、夢遊病や多重人格について解説するなど、ウィリング博士の分身と言っていいほど、個性も探偵術もそっくり。事実上の代役だ。もっとも、祖父がイタリアから移住してきたという出自が、謎解きで重要な役割を演じている。
 ネローニ博士は、“A Question of Time”で親しくなった登場人物の女性と、本作では既に結婚したことになっているが、“Alias Basil Willing”(1951)で描かれるウィリング夫妻のような、べったりと仲睦まじい描写はない。ウィリング博士も、妻ギゼラの死後、ボストンに移住したことになっているが(“The Long Body”ではコネティカット州在住だった)、ネローニ博士もボストン在住。実は、マクロイもブレット・ハリデイとの離婚後、ボストンに移住していて、こんなところからも、ウィリング博士ともども、ネローニ博士にもマクロイ自身の個人史がなにほどか反映していることが窺える。とはいうものの、それでも、ネローニ博士を既婚者に設定する余裕が持てるほど、この頃のマクロイは離婚のショックからかなり立ち直っていたのだろう。実際、作品の出来も決して悪くない。
 夢遊病は、マクロイが“The Man in the Moonlight”(1940)、“The Long Body”(1955)でも繰り返し用いてきたテーマだが、本作でも謎解きのファクターとして効果的に用いられている。1950年代までに書かれた、目もくらむような傑作群と比べるのは酷だが、同じテーマでも、“The Long Body”よりは謎解きとして読み応えがある。
 本作は、H・R・F・キーティング編“Whodunit?”の「代表作採点簿」に、“Panic”、『暗い鏡の中に』と並んで挙げられ、その二作と比べてもほとんど遜色のない点数を与えられている。選択のバランスから考えても、後期の代表作と捉えたのだろう。(もっとも、“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは辛口の評を与えている。)
 短編集“The Pleasant Assassin and Other Cases of Dr. Basil Willing”(2003)に序文を寄せているB・A・パイクが、マクロイの傑作として挙げているのは、“Who’s Calling?”、“Panic”、『逃げる幻』、『ひとりで歩く女』、『暗い鏡の中に』、“Alias Basil Willing”、『幽霊の2/3』、『割れたひづめ』だが、『家蠅とカナリア』が抜けているのを別にすれば、概ね他のリファレンス・ブックなどとも一致する妥当な選択だろう。この中で、1960年代以降の作品は『割れたひづめ』だけで、後期の作品がいかに出来栄えの落差が大きいかが、こんなところからも窺える。
 ネローニ博士の登場する二作は、これらの傑作群と比べるとやや弱いかもしれないが、まずまずの出来栄えであり、もっと注目されてもよさそうだ。ウリサール署長を「二番手」の探偵として挙げているパイクが、この「三番手」の探偵に言及すらしていないのは(他のリファレンス・ブックもそうだが)、いかにも不当というものだろう。


Sleepwalker
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示