ドロシー・L・セイヤーズ “The Travelling Rug”

 セイヤーズのシリーズ・キャラクターといえば、言うまでもなく、ピーター・ウィムジイ卿が最も有名であり、12の長編(“Thrones, Dominations”を含める)と22の短編(「若きピーター卿、ホームズの依頼人となる」を含める)に登場する。そして、我が国ではあまり知名度は高くないが、11の短編に登場するワイン・セールスマンのモンタギュー・エッグ氏がいる。
 実は、セイヤーズは第三のシリーズ・キャラクターを構想していた。その名は、ミス・ジェーン・ユリディシー・ジャドキン。セイヤーズは、“The Situations of Judkin”という、彼女の登場するシリーズを構想し、その第一作目として“The Travelling Rug”という短編の草稿を残していたが、残念ながら、この草稿はセイヤーズの生前に刊行されることはなく、その後のシリーズも書かれないままに終わった。
 残された草稿に、ジョー・R・クリストファーの解説とジャネット・ブレナン・クロフトによる詳細な註を付したものが、2005年にアメリカのザ・ミソピーク・プレスから刊行された。これにはさらに、セイヤーズの短編チェックリストと本編の草稿のファクシミリも収録されている。
 ミス・ジャドキンは25歳の女中で、ストーリーは、彼女が「奥様」と呼ぶ女性に、自分が体験した事件を一人称で語るという体裁を取っている。
 ミス・ジャドキンは、以前の雇い人だったミス・マーサブルが亡くなり、「マナリング・ハウス」のファストウ夫人に新たに仕えることになる。「マナリング・ハウス」には、夫人の姪で、寝たきりの病人のミス・ブレイジーも同居していた。ところが、そこでは原因不明のポルターガイスト現象が次々と起きていて、過去の使用人たちも怖がって辞めていくという事態が生じていた・・・という展開。
 解説を書いているクリストファーは、超自然的な現象を合理的に解決するという意味で、ドイルの「サセックスの吸血鬼」、チェスタトンの「ギデオン・ワイズの亡霊」、カーの「とりちがえた問題」と比較しているが、その意味では、まさに謎解きの体裁を持つ作品である。
 クリストファーは、本作の執筆時期を、セイヤーズが探偵小説をほぼ絶筆した1937年から1942年までの5年の間だろうと推測している。
 敢えて難を言えば、新たに発掘された短編を紹介してくれたのは、もちろんありがたいことではあるのだが、短編一つを単行本として刊行するために、いささかくどすぎる解説と過度に細かい註(イギリス英語の単語にアメリカ英語で何と言うかまでいちいち注釈をつけている! petrolがgasolineを意味することくらい、アメリカ人でもたいていは知っているのではなかろうか)を載せた上に、草稿のファクシミリまで掲載して紙数を稼いだという印象は否めない。
 というわけで、なにやら水増し感のある単行本ではあるのだが、それほどセイヤーズの新発見の作品は貴重ということでもあるのだろう。たった一作の短編では俄かに評価は難しいところではあるが、シリーズ化が予定通り実現しなかったのは確かに残念なことだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

こんばんは。
セイヤーズにピーター卿以外の探偵がいるとは知りませんでした。
いつか読める日が来るといいんですが。

残念ながら、モンタギュー・エッグものの短編は
過去にも翻訳されたことはありますが、現役の単行本で
入手可能なものはないはずです。
一番直近で紹介されたのは、「創元推理」1996年冬号に掲載の
「ペンテコストの殺人」かと思います。
ピーター卿のシリーズは、厳密に言うと、ほかにも
戯曲版「忙しい蜜月旅行」とWimsey Papersがあります。
このブログでも紹介しましたが、Thrones, Dominationsともども
紹介に値する作品だと思いますね。
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