J・J・コニントン “The Boathouse Riddle”

 “The Boathouse Riddle”(1931)は、警察本部長のクリントン・ドリフィールド卿が登場する6作目の長編。
 余談ながら、前作『レイナムパーヴァの災厄』では既に警察を退職していたクリントン卿は、本作では時代を遡って再び現役という設定になっており、その後の作品でもそうだ。ここからも、『レイナムパーヴァ』での引退後という設定は、あくまでプロット上の便宜にすぎなかったことが分かる。
 なお、本作に登場するセヴァーン警部は、次作“The Sweepstake Murders”(1931)にも登場している。

 クリントン卿は、休暇で釣りとゴルフを楽しむため、友人のウェンドーヴァー氏の地元、タルガース・グレンジの家に滞在しに来る。ウェンドーヴァー氏は、湖岸にある自分の新しいボート小屋をクリントン卿に見せる。古いボート小屋は中に簡単に入れたため、ボブ・クレイという密漁者が勝手にボートを拝借してマス釣りをしたりすることもあったが、新しいボート小屋は鍵がないと入れないようにできていた。
 クリントン卿が到着した翌朝、地元警察のセヴァーン警部が、ウェンドーヴァー氏に電話をかけてきて死体発見を知らせ、捜査の協力を求めてくる。死体は、ウェンドーヴァー氏のボート小屋の対岸の土手で発見された。そこは、コリン・キース=ウェスタートン氏の土地であり、死体は彼に仕える猟場番人のホーンキャッスル。死体を発見したのはクレイだった。
ホーンキャッスルは、頭を銃で撃ち抜かれていたが、銃は彼自身のものであり、死体の右手に握られていた。一見すると、土手で足を滑らせて銃が暴発した事故のように見えたが、現場に残された足跡やマッチの燃えがら、銃に付いた指紋を草で拭い取ったらしい痕跡、死体の顎の殴られた跡などから、クリントン卿は、ホーンキャッスルが殴られて意識を失ってから撃たれた殺人と判断する。
 セヴァーン警部は、現場でネックレスから取れたと思しき真珠が幾つか落ちているのを見つける。それはまがい物ではなく、高価な本物の真珠だった。ウェンドーヴァー氏のボート小屋を調べると、ねじ回しがなくなっていて、死体発見現場に落ちていたのと同じ真珠が落ちていた。さらに、そこに置いてあったレコードプレーヤーのモーターと音響装置が外れさてなくなっているのも分かる。
 ボートの一つから携帯用の化粧道具入れが見つかり、キース=ウェスタートン夫人の物と分かる。そのボートにも同じ真珠が落ちていた。ところが、夫人は前夜どこかへ出かけたまま、行方が知れなくなっていた・・・。

 事件は、謎の女性の死体が湖底からさらに発見されて、ますます錯綜していくのだが、フーダニット、ハウダニットなどの面で特に目覚ましい仕掛けはない。ただ、プロットの複雑さは尋常ではなく、事件当時、現場付近には、キース=ウェスタートン家の複数の使用人をはじめ、救世軍の伝道師や蛾を採集する昆虫学者までがうろついていたことが分かり、事件に関わっていたり、重要な現場を目撃したりして、それぞれが謎をますます錯綜させる役割を担っている。キース=ウェスタートン夫妻にまつわる秘密や過去に遡る恐喝なども絡んで、一見単純そうに見えた事件が、実は錯綜を極めた背景や経過を持つことが明らかになっていくのだが、さすがここまでツイストを加えて複雑にしてしまうと、すっきりまとまっているとは言い難く、おそらく大半の読者は、そのプロットに感心するより、うんざりした気分になってしまうのではないだろうか。
 おそらく、作者の狙いは、事件解決後にクリントン卿が説明する謎解きのプロセスにあったと思われ、黄金期の謎解き物にふさわしく、緻密で論理的な推理のプロセスには感心させられるのも事実だ。“The Case with Nine Solutions”や“The Castleford Conundrum”などと同じく、コニントンの細心なプロット構築と論理性がよく発揮された作品といえるだろう。
 とはいうものの、錯綜したプロットをクリントン卿に理路整然と解き明かさせる場面を最後に設けるために、ことさらプロットを複雑に練り上げ、謎解きのための細かな手がかりを随所に散りばめたのだろうが、これをどう評価するかは意見の分かれそうなところだ。“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは本作を称賛しているし、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”でコニントンの項目を書いているメルヴィン・バーンズも、ドリフィールド/ウェンドーヴァーのシリーズの中では、“Murder in the Maze”、“The Sweepstake Murders”、“A Minor Operation”と並んで本作を推しているので、実際に評価する向きがあるのも事実だろう。
 しかし、奇術もそうだが、トリックというものは、シンプルであればあるほど、その効果は目覚ましく、喝采を浴びるものだろう。手の込んだ複雑なプロットは、ある程度までなら許容できるが、それも度が過ぎると眉をひそめたくなるのが人情ではなかろうか(さしたる意外性や独創性もないとなればなおさらだ)。“Master of “Humdrum” Mystery”の著者、カーティス・エヴァンズ氏も、同書補遺のコニントンのベスト表に本作を選んでいないし、他の秀作ほど推してはいないようだ。
 ただ、専門知識を駆使したような難解さは本作にはなく、純粋にプロット構築とロジックで勝負しようとした作品の一つとして、個人的には一定の評価を与えたいところか。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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