レックス・スタウト “Champagne for One”

 “Champagne for One”(1958)は、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンが登場する長編。

 アーチーに、知り合いのオースティン・バインから電話がかかってくる。喉頭炎を患ってしまい、伯母のルイーズ・ロビロッティ夫人がその晩開く予定のディナー・パーティーに行けなくなったので、代わりに行ってくれないかという依頼だった。ロビロッティ夫人はかつてウルフに仕事の依頼をしたことがあり、アーチーのことも知っているので、ゲストの穴埋めにちょうどいいというのだ。ロビロッティ夫人本人からも同じ依頼の電話が来る。
 毎年開かれるそのパーティーには、ロビロッティ夫妻、夫人が前夫との間に儲けた息子のセシル・グランサムと娘のシーリア・グランサムなどのほか、シングル・マザーたちが招待されていた。莫大な財産を持っていた前夫のアルバート・グランサムは、シングル・マザーが職を得たり、結婚できるように支援するプロジェクトを進めていて、彼女たちが更生したあとも、毎年、自分の誕生日パーティーに3、4人、招待していた。前夫の死後、再婚したあとも、ロビロッティ夫人はその誕生日パーティーを継続していたのだった。今回のパーティーにも、4人のシングル・マザーがゲストとして招かれていた。
 4人の一人、フェイス・アシャーは、ハンドバッグにいつも青酸の入った小瓶を忍ばせていて、仲間たちに自殺の可能性をほのめかしていたが、周囲の人々は本気にしていなかった。その話を聞いたアーチーは、パーティーの間、彼女とそのバッグにずっと目を光らせていた。ところが、フェイスは、セシル・グランサムが彼女に持ってきたシャンペンを口にすると、そのまま絶命してしまう。死因は青酸中毒だった。
 セシルが彼女に渡したシャンペンのグラスは、バーに並んでいたグラスから無作為に選んで持ってきたグラスだったし、彼がグラスを手にしたところもバーにいた人々が目撃していて、自分が飲むグラスをもう一方の手に持っていたため、持って行く途中も含めて、セシルがグラスに毒を仕込むことは不可能だった。現場にいた誰もが、フェイスの自殺に違いないと証言する。
 衆人環視の下で椅子に公然と置いてあったフェイスのバッグから毒の瓶を出して蓋を開けるようなことをすれば人目につかずにはいなかったし、幾つも並んでいたグラスの中から、セシルがフェイスに渡すグラスを予め特定して毒を仕込むこともできず、警察も自殺と判断する。だが、アーチーは、自分は彼女のほうをずっと見ていたし、毒をハンドバッグから取り出してグラスに入れたりはしておらず、これは殺人に違いないと主張する・・・。

 ウルフとアーチーのシリーズは、この二人とクレイマー警部をはじめとする警察、さらには魅力的な美女を含む事件関係者たちとの掛け合いがいつも絶妙で、キャラクターの魅力と弾けるような会話の面白さで読ませてしまうシリーズと言っていい。
 その反面、謎解きのプロットという点では、同時代の本格派の作家たちに比べていかにも弱く、初期の作品、例えば、『腰抜け連盟』、『ラバー・バンド』、『シーザーの埋葬』、『料理長が多すぎる』などは、まだそれでも骨格のしっかりしたプロットを具えていたが、時代を下るにつれてそれもいい加減になり、謎解きファンからはあまり熱烈な支持は得てこなかったというのが実情だろう。
 ハードボルイドやいわゆるコージー派の人気が高いアメリカでは、今なお根強い人気を誇っているシリーズだが、謎解きファンの読者層が厚い我が国では、残念ながらさほど支持は広がらず、今も紹介されていない作品が多数あるし、過去に翻訳されても入手困難になっているものも少なくない。けだし、謎解きを楽しもうという姿勢で臨む読者に、いくらスタウトの魅力を力説してみても無理があるというものだろう。
 そんな本格謎解きファンにお口直しにお勧めするとしたら、本作などはちょうどいい作品かもしれない。スタウトにしては珍しく、不可能興味を盛り込んだ作品であり、途中で腰砕けになることなく、最後までその謎を持続させているし、それだけでなく、解決の仕方も、目覚ましい独創性を期待してはさすがにつらいが、それなりに合理的で筋の通った解決を用意しているからだ。
 “A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは、本作に好意的な評を与え、毒がどのように仕込まれたのかという謎にも注目しているが、スタウトが不可能犯罪を扱うなど、普通なら考えにくいせいか、ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”でも本作は取り上げられていない。リファレンス・ブックの多くも、本作に言及しているものは稀だ。
 アーチーの活躍ぶりもさることながら、容疑者を一堂に集め、事件の現場を再現して謎解きを披露するウルフの推理も、中心となる謎の面白さもあってか、本作では一段と光っているように思える。代表作として定評のある作品と比べればやや弱いかもしれないが、まずまずの出来栄えであり、スタウトの作品を敬遠しがちな謎解きファンには特にお勧めの一作といえるだろう。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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