ダーモット・モーラー “The Mummy Case”

 ダーモット・モーラー(1896―1974)は、オックスフォード大学ニュー・カレッジで数学の教師を務めたほか、古典や歴史にも詳しく、オール・ソウルズ・カレッジのフェローにも選ばれた学究肌の人だったが、「タイムズ」紙などの編集にも携わった。“The Mummy Case”(1933)は、著者の唯一の探偵小説である。

 舞台はオックスフォードのボーフォート・カレッジ。エジプト学教授のピーター・ベンチリーは最近、エジプト第六王朝のファラオ、ペピ一世のミイラを購入したばかりだった。ベンチリーはミイラの調査を終えたら、それを再び売却するつもりだったが、ヴァン・ディテンというアメリカ人の実業家が、そのミイラを購入しようとサンフランシスコから来ていた。
 ベンチリーは、ヴァン・ディテンのほか、二人の若手の学者、法学者のデニス・サージャント教授、古代アッシリア学者のハンフリー・コンシダイン教授を相手に、論敵との論争のいきさつを説明する。ベンチリーは、ギリシアのディオニュソス神がエジプト起源だという仮説を唱えていたが、フョードル・ボノフというロシア人のエジプト学者がこの仮説に異を唱え、ベンチリーと論争していた。ところが、ベンチリーは、ボノフの主張が正しく、自説が誤っていたことを認めて和解し、近く、ボノフがベンチリーの情報も採り入れた著書を刊行するという。ベンチリーは、ペピ一世のミイラを別のアメリカ人に既に売却してしまったとヴァン・ディテンに告げ、ヴァン・ディテンはライバルに先を越されたと憤る。
 ところが、カレッジで「コメモレーション・ボール」が開かれた夜、ベンチリーの部屋から出火し、大騒ぎとなる。部屋は火事で完全に焼失し、識別不能な焼死体が焼け跡から見つかる。死体が身に着けていた腕時計とキーから、死体はベンチリーのものと推測され、大学当局は、火事は事故、死体の身元はベンチリーという判断を下す。
 ベンチリーはミイラの棺を自分の部屋に置いていたが、サージャントは、焼け跡から死体が一つしか見つからなかったことから、ペピのミイラがどうなったのか、見つかった死体が本当にベンチリーのものなのか、不審に思う。さらに、焼け跡から目覚まし時計の残骸を発見し、火災が時限装置を用いた計画的なものだったのではないかと疑う。
 ベンチリーの遺産相続人は姪のダフネ・カロザースで、彼女はマーク・デヴローという青年と婚約していたが、ベンチリーは、遺言書で、ダフネが21歳になるまでマークとの結婚を認めないという奇妙な条件を付していた。
 その後、部屋とともに焼失したと思われていたペピ一世のミイラの棺が、川に放置された小舟の中から見つかる。蓋は開けられていて、棺の中は空っぽだった。サージャントとコンシダインは、ひとまず棺をボート小屋に隠すが、棺は再び何者かに盗まれてしまう・・・。

 本作は、“A Catalogue of Crime”の編者、ジャック・バーザンとウェンデル・ハーティグ・テイラーが“Fifty Classics of Crime Fiction 1900-1950”の一つに選んだ作品。この二人が選んだ作品らしく、大学という舞台背景や人物描写の巧みさだけでなく、まさに黄金期の謎解きにふさわしいプロットを具えた秀作である。
 ほかでも指摘されているが、本作は明らかにオースティン・フリーマンの『オシリスの眼』(1911)から影響を受けたと思われ、ミイラやエジプト学の知識はもちろんのこと、プロットやロジックの構築もそうで、死体の謎、ミイラの棺、奇妙な遺言書など、類似点をあちこちに見出すことができる。もっとも、皮相的にそうだというだけで、決して単なる模倣ではなく、『オシリス』からヒントを得、触発されたにしても、プロットそのものはよく考え抜かれたオリジナリティを持っている。ロジックの点でも工夫の跡がうかがわれ、第九章では16項目にわたる疑問点を提示し、謎の所在を整理しているのが興味深く、それがぴたりとツボにはまるように解決が提示される大団円は、黄金期の謎解き作品の見本と言ってもいいくらいだ。
 バーザンとテイラーも指摘しているように、サージャントとコンシダインという二人の探偵役の造形もなかなか魅力的で、単発で終わったのが惜しい限りだ。なお、ヴァン・ディテン(Van Ditten)というアメリカ人の名も、やはりエジプト学を前提にした『カブト虫殺人事件』の著者、ヴァン・ダインを意識したものかもしれない。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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