ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』

 この作品は、『明日に別れの接吻を』と並ぶマッコイの代表作として知られる作品だが、残念なことに長い間絶版の憂き目に遭い、私も読む機会に恵まれなかった。
 このたび、白水社が復刊してくれたおかけで、ようやくこの作品に接することができた。最後までリタイアせずに踊り抜いたカップルに千ドルの賞金を贈るというマラソン・ダンスを舞台設定に選んだ作品だが、これは大恐慌時代に流行したコンテストで、マッコイ自身、このマラソン・ダンスの警備員に雇われたことがあるらしく、その実体験をもとにしているとのこと。それだけに描写がなかなかリアルだ。
 マッコイは、『明日に別れの接吻を』でも、ジョイスやフォークナーなども用いた「意識の流れ」という手法を採り入れる技巧派としての片鱗を見せていたが、本作では、まず冒頭でフラッシュバックの手法を採り入れ、さらには、章ごとに少しずつ字を大きくしていく標題(というか判決文の断片)を掲げるという、技巧的ながらも実に面白い手法を試みている。フラッシュバックはミステリでも時おり用いられる手法だが、マッコイは単に奇を衒うためではなく、大団円を余韻深いものに仕上げるために実に効果的にフラッシュバックの場面を配している。読者は、結びに至ったあと、思わず冒頭に戻って読み返さずにはいられないはずだし、作品のタイトルも含め、いかに全体のプロットをよく考え抜いた上でこうした技巧を採り入れたか、作者の苦心の跡を改めて実感させられるはずだ。漫然と読み流してはいかにももったいない。
 『明日に別れの接吻を』は、起伏のある楽しいストーリーというだけでなく、よく練られたプロットの整合性に感心されられたものだが、『廃馬』もその点では同様であり、この両作を読んだことで、マッコイという作家の技量の一端を窺い知ることができたような気がする。なにやら未訳の作品にも関心が向いてしまいそうだ。
 作品自体からはやや脱線するが、平成25年に亡くなった翻訳者の常盤新平氏の業績がこうした形で復活したことも注目されて然るべきだろう。常盤氏は、「エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン」の編集者を務めたこともあるが、ミステリよりもデイモン・ラニアンやアーウィン・ショーなどのアメリカのしゃれた都会小説を好み、自らも同誌にこうした作品をよく紹介したとされる。マッコイの『廃馬』は、その時代背景といい、ストーリーといい、常盤氏にはいかにも心の琴線に触れる作品だったのではないだろうか。氏による旧版の解説も再録されているが、翻訳者としての思い入れが伝わってきて興味深い。よき翻訳者に巡り合えた幸運な作品だったとも言えるかもしれない。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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