脱線の余談――それって何階?

 原書を読んだり、翻訳をしていると、時おり戸惑うのはやはりイギリス英語とアメリカ英語の違いだ。慣れてくると、仮に著者の出身がよく分からなくとも、10頁も読み進めば、単語のスペルや語彙から、(あ、これはイギリスの作家だな)などとピンとくる作品が多いと感じるくらいの違いがある。
 以前記事をアップしたマクロイの“The Further Side of Fear”は、ロンドンに住むアメリカ人女性の視点で描かれるストーリーだが、ロンドンに滞在していた期間が長いマクロイ自身の経験も踏まえての作品だろう。電話で‘apartment’と言いかけて‘flat’と言い直すシーンもあれば、‘first floor’が二階を意味すると登場人物がわざわざ説明するシーンもあったりする。
 この建物の「階」もやっかいで、うっかりするとプロットにまで関わってくることがあるから気をつけなくてはいけない。建物と言えば、‘hall’は普通、玄関ホールを意味するが、アメリカ英語では「廊下」を意味する場合も多い。なので、二階の部屋なのに、部屋を出て‘hall’を通って階段を降りる、などというシーンが出てきたりする。
 ‘purse’というと「財布」と思いがちだが、アメリカ英語では「ハンドバッグ」を意味するし、映画「めまい」でも、キム・ノヴァク演じるジュリーが自分の持っているハンドバッグを‘purse’と呼ぶシーンが出てくる。電話を「切る」のも、アメリカなら‘hang up’だが、イギリスでは‘ring off’で、この表現で作家の国籍に気づくことも多い。
 私自身、最初に長期滞在した英語圏がイギリスだったこともあって、北米に行った当初は戸惑うことが多かった。真っ先につまずいたのはケンタッキー・フライド・チキン。持ち帰るつもりで‘takeaway’と言ったら、これが通じない。「こちらで食べますか、それともお持ち帰り?」というのは、イギリスでは、‘Eat in or take away?’と言う。街を歩いていると、‘Takeaway’という看板を出している店もあったりするが、これはほか弁のように、フィッシュ・アンド・チップスなどのお持ち帰りの店だ。ところが、アメリカ英語では、上記の言い回しを‘For here, or to go?’と言う。日本人はおそらく「テイクアウト」という言い方のほうがなじみがあるし、それで通じないわけではないが、‘To go’という言い方のほうが一般的だ。
 フィッシュ・アンド・チップスが出てきたから言及するが、日本で言う「フライド・ポテト」は、イギリスでは‘chips’だが、アメリカでは‘French fries’。ポテト・チップスはイギリスでは‘crisps’と言うから、これも紛らわしい。
 不動産の貸し物件には‘For rent’という看板が出ているのが北米だが、イギリスでは‘To let’。ロンドンの地下鉄でおなじみの‘Mind the gap, please’というアナウンスも、‘mind’を「気をつける」という意味で使うのはイギリス英語で、アメリカなら‘watch’を使うところだろう。イギリスでは‘bus stop’だったバス停が北米では‘bus depot’だったのも、当初は戸惑ったものだ。
 警視がアメリカでは‘inspector’、イギリスでは‘superintendent’だというのは、以前の記事でも書いたが、‘superintendent’はアメリカではアパートなどの管理人を意味する。逆にイギリスでは、管理人のことを‘caretaker’と言う。これも小説を読んでいると、しょっちゅう出てくるから要注意だ。
 ‘downtown’は、北米では市の中心部や繁華街のことで、‘uptown’は住宅地区のことだが、時おり‘downtown’を「下町」のように勘違いして訳している例を見かける。ビリー・ジョエルの‘Uptown Girl’は繁華街に住む娘の歌ではないのだ。イギリスでは、中心部は‘city centre’だろう。
 一般のアメリカ人でもすぐに分かるポピュラーな差異も少なくない。上記の「階」の違いもそうで、日本人でも中学の英語で習うのではないだろうか。‘petroleum’が‘oil’、‘petrol’が‘gasoline’、‘paraffin’が‘kerosene(灯油)’を意味するくらいは、アメリカ人でもたいていは知っている。だが、アメリカ人が驚くイギリス英語も多い。イギリスで消防署(fire brigade)を見学に行ったことがあるとアメリカ人に話したら、「なんだそれ?」と当惑されてしまった。アメリカでは‘fire department’が普通なのだ。消防車はどちらでも‘fire engine’なのだが。車の「フロントガラス」は和製英語。アメリカでは‘windshield’と言うが、イギリスでは‘windscreen’だと話すと、驚くアメリカ人が少なくない。
 イギリスの道路によくある‘roundabout’は、道を間違えてもすぐ方向転換できて便利だと思ったが、北米では‘circle’と言う。‘highway’をそのまま「ハイウェイ」と訳している例もよく見かけるが、アメリカで高速道は‘expressway’、イギリスでは‘motorway’で、‘highway’は本来、幹線道路のことだ。
 アメリカ英語だと思っていると、イギリスで普通に使われている言葉も多い。懐中電灯はアメリカでは‘flashlight’、イギリスでは‘electric torch’だと思っていると、イギリスの小説を読んでいても、‘flashlight’はよく出てくる。特に最近は、イギリスでも言葉がどんどんアメリカナイズされて、アメリカ英語が浸透してきている。‘gonna’、‘wanna’という言い方をする青年が増えて、「近頃の若い者は・・・」と嘆く年配の人に接したこともある。
 ここで挙げたのは氷山の一角。もちろん、同じ英語だし、ドイツ語やフランス語ほどの違いがあるわけではないのだが、うっかりすると、とんでもない勘違いをしかねない。特にイギリスの小説ばかり読んでいると、しばらくぶりにアメリカの小説を読んでいてうっかり意味を取り違えているのに気づくこともある。日本語も関西弁をはじめ、いろんな方言があってやっかいなのだが、英語も一筋縄ではいかないものだ。
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