フリーマンの冒険小説的面白さ

 しばらくぶりにオースティン・フリーマンを取り上げる。二桁の長編があって、ほとんど駄作がないと感じるシリーズは少ない。私にとっては、フリーマンのソーンダイク博士のシリーズとロス・マクドナルドのリュウ・アーチャー・シリーズくらいで、この二つに関しては、読破してしまった時に(もうこれ以上ないのか)という茫然とした気持ちになったほどだ。ほかに挙げるとすれば、マクロイのベイジル・ウィリング博士のシリーズだろうか。
 フリーマンに関しては異論のある人も多いだろう。というのも、ソーンダイク博士シリーズのリストを眺めると、設定やストーリー展開、人物造形は非常に面白いのに、謎解き推理小説としては二級品という作品が幾つもあるのに気づくからだ。最も典型的なのは、“A Certain Dr. Thorndyke”、“Pontifex, Son and Thorndyke”、“For the Defence: Dr. Thorndyke”だろう。(“Helen Vardon's Confession”は若干毛色が異なって、普通小説的な性格が強い。)
 これらの作品は明らかに、“The Golden Pool”や“The Unwilling Adventurer”といったフリーマンが初期に書いた冒険小説の流れを汲むものだ。なかでも、“A Certain Dr. Thorndyke”は、ゴールド・コーストを舞台にジョン・オズモンドという冤罪を着せられて逃亡した青年の冒険を前半で描いた作品だが、本来、ノン・シリーズの冒険小説として書き始めたものを途中で考え直し、ソーンダイク博士物のミステリに切り替えたことが構成上歴然としている。というのも、前半の冒険小説部分と後半のソーンダイクが登場する謎解き部分とでは年代が合わず、大きな矛盾が生じているからだ。
 フリーマンは若き日にアフリカで過ごした冒険的体験が年長じてからも自身の根源にあったらしく、冒険に巻き込まれる若者という設定を好んだ節がある。“Pontifex, Son and Thorndyke”は、ジャスパー・グレイという、まだ子どもっぽさが抜けない17歳の青年を主人公に据えた作品で、波乱万丈の展開の末にシンデレラ・ボーイ的なハッピー・エンドを迎える。プロットには偶然が多すぎるし、些か荒唐無稽な面もあるが、レイモンド・チャンドラーは、『ポッターマック氏の失策』、『猿の肖像』と並んで、この作品を自身のお気に入りに挙げている。ハードボイルドの雄としては、爽快な冒険児の活躍を描いた作品のほうが親近感を持てたのかもしれない。
 こうした冒険小説的要素と謎解きとが混然一体となって面白さを倍加させることに成功した傑作もあり、『ポッターマック氏の失策』はその典型だろう。ポルトン氏の少年時代を描いた“Mr. Polton Explains”も、そうした構成を活かした秀作といえる。
 フリーマンの作品に駄作が少ないと感じるのは、たとえ謎解きとしてのプロットが弱くても、最後まで楽しく読ませてしまうストーリー・テリングの巧さがあるからだ。実際、上記の作品は、批評家の推薦作に挙げられることはほとんどないが、いずれもよく印象に残っている。ジュリアン・シモンズは文体の硬さを捉えてフリーマンを退屈派に近い扱い方をしているが、これは不当というもので、実際は魅力的な登場人物とストーリー展開の面白さが印象に残る作品が多い。ノーマン・ドナルドスンも、意外とこうした側面を見落としていて、個々の作品の特徴を論じきれていないうらみがあるし、酷評している“For the Defence: Dr. Thorndyke”にしても、鼻のつぶれた男が辿る数奇な運命の面白さを十分捉えていないように思える。
 謎解きを重視しがちな我が国のミステリ・ファンの多くは、性格描写やサスペンスがいかに優れていようと、謎解きの骨格が弱いとそれだけで評価を落としてしまう傾向がある。そんなこともあって、“Pontifex, Son and Thorndyke”や“Mr. Polton Explains”などは、翻訳で紹介したらどうだろうと思うことがあっても、いつも二の足を踏んでしまう。ソーンダイク博士シリーズの多くは、これからも自分だけのお気に入りに留まり続けることになりそうだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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