C・P・スノウ “Death Under Sail”

 『二つの文化と科学革命』の著者として知られるC・P・スノウは、小説家でもあり、26歳の時に発表した処女作が“Death Under Sail”(1932)だった。スノウ自身が1959年の再版の際に寄せた序文に記しているように、推理小説を書き続ける意欲もあったようだが、その後は普通小説を書き続け、長きにわたり再び手を染めることはなかった。
 もっとも、晩年になって、“A Coat of Varnish”(1979)という推理小説を再び執筆していて、こちらもなかなか評価が高い。これが最後の長編になったらしく、人生の最後にあたって、著作活動の最初と最後を推理小説で飾るというシンメトリー感覚を働かせたのではないかと穿った見方をする向きもあるようだ。

 ストーリーは、イアン・ケイペルの一人称で語られる。ハーリー・ストリートの医師、ロジャー・ミルズは、休暇でノーフォークの湖沼地方にヨットの「セイレーン号」で二週間の船旅に出ていたが、旅の仲間に加わるようイアンを招く。イアンが乗船すると、クリストファー、フィリップ、ウィリアムの男三人、アヴィス、トーニャの女二人が既にゲストとして乗っていた。60代のイアンとは対照的に、みな20代から30代の若い人たちばかりだった。
 イアンは、ロジャーとそのいとこのアヴィスを似合いのカップルと思っていたが、アヴィスは、ロジャーを振ってクリストファーと婚約していた。今度の船旅は人間関係の修復のきっかけにロジャーが企画したものだとイアンは考えていた。
 ところが、翌朝、イアンとアヴィスは、ロジャーが操舵室で死んでいるのを発見する。ロジャーは、なぜか顔に笑みを浮かべ、至近距離から胸を撃たれていたが、現場に銃はなく、殺人と考えられた。前日、ロジャーがイアンの目の前で書いていた航海日誌と、船の三角旗もなぜか消えていた。
 連絡を受けたノリッジ警察から、アロイジアス・ビレル部長刑事が乗り込んでくるが、捜査の行方を危ぶんだイアンは、香港から戻っていた友人のフィンボウに連絡し、事件の捜査を依頼する・・・。

 ヨット上での殺人に5人の容疑者というクローズド・サークルの設定、謎めいた殺人の現場、やや抜けたところのある警察の捜査官、ホームズ・タイプの素人探偵と、まさにコテコテの古典的な推理小説の構図をとっている。
 モーターボートでやってきたビレルが、引き起こした波でイアンらの乗る小ボートをひっくり返してしまい、登場場面から既におっちょこちょいな印象を与える演出も面白いが、実はそんな演出に重要な手がかりが隠されていたりするところもニヤリとさせられる。
 心理学的な推理を標榜するフィンボウも、カリスマ的な名探偵らしい雰囲気を醸し出していて好ましい印象を与えるが、全体としては、登場人物たちの描写は紋切り型の域を超えておらず、若書きの作らしく、小説としての円熟味は乏しいようだ。
 見取り図や時間表などか出てくるのはもちろん、第五章の終わりでフィンボウが提示した五つの疑問点を謎解きでピタリとツボを押さえて説明するあたりは、いかにも黄金時代の探偵小説の香気を感じさせるが、解決には特にサプライズ感はなく、謎解きもそれほど鮮やかとは言い難い。
 もっとも、“A Catalogue of Crime”の編者、バーザンとテイラーは、「痛快な離れ業」と称賛し、“Fifty Classics of Crime Fiction 1900-1950”の一冊にも選んでいるし、まずまずの水準の作品とは言えるだろう。
 なお、本作には、かつて『ヨット船上の殺人』という邦訳があったらしいが、残念ながら入手困難であり、私が読んだのは原書のほうである。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示