ヘレン・マクロイ “A Change of Heart”

 “A Change of Heart”(1973)は、ノン・シリーズもののサスペンス。

 13歳のリーと14歳のローリーは、セント・ヒューバート校に通う親友。ローリーはリーより一つ年上だったが、一日違いの誕生日で、リーの誕生日の6月5日だけ、二人は同い年になる。二人は終生の友情を誓い、二人が同じ50歳になるリーの誕生日に、ニューヨークの〝クレーン・クラブ〟で再会しようと、血で書いた誓約書を取り交わす。
 50歳の誕生日を前にしたリーは、些細なスキャンダルから大学の教職の地位を追われ、いとこの会社で通訳・翻訳の仕事に従事していた。一人娘のガーゼルはお祝いに腕時計を贈り、記念に夕食会を提案するが、リーはローリーとの約束を守るため、約束の時間に〝クレーン・クラブ〟に赴く。既にクラブのあった建物はなく、新しいビルの同じ場所に簡易食堂があるだけだった。
 その食堂でコーヒーを飲みながらしばらく待っていると、かつて約束したフランス語の合言葉を告げる者がいた。大きく様変わりしたローリーは、リーに驚くべき告白をする。ローリーは宝石小売業に携わっていたが、ダイヤの密輸に関わってしまい、それがきっかけで、ニューヨークの古典美術館から、一世紀のローマ帝国時代に遡る〝クラウディウスのアメジスト〟を盗み出してしまった。複製品を代わりに置いてきたが、明日帰国予定のロバート・ウェンデル館長ならば、それが偽物であることをただちに見抜いてしまう。それまでに本物のアメジストを元の場所に戻したいので手伝ってほしいという。リーは、それが盗みではなく、宝石を返すためであることから、協力することにする。
 ガーゼルは、深夜を過ぎて自宅に戻ってきた父親のリーの憔悴しきった様子に驚く。リーは、人に聞かれても、自分は10時前に帰宅していたと言うようにと念を押す。ラジオをつけると、古典美術館のウェンデル館長が予定より早く帰国したところを美術館で襲われ、病院に運ばれたが意識を取り戻すことなく死亡したとのニュースが流れる。リーはそのニュースを聴いて卒中を起こし、意識不明となる・・・。

 O・ヘンリーの「二十年後」を連想させる設定で始まるが、物語はむしろ、父に代わって通訳・翻訳の仕事を始めたガーゼルが中心となり、彼女に謎の電話がかかり、父親のレインコートのポケットに残っていた宝石や会社の書類をめぐって陰謀に巻き込まれていく展開となる。
 この頃のマクロイは謎解きから距離を置き、こうしたサスペンスを中心に作品を発表するようになっていたが、同じサスペンスでも、出来栄えは50年代までの作品に比べて格段に落ちるものが多い。
 傑作ぞろいの50年代までの作品を中心に接している我が国の読者には意外に思われるかもしれないが、マクロイの60年代以降の作品には、似たり寄ったりの設定の繰り返しが顕著に目立ってくる。実際、本作で使われる「謎の電話」は、『あなたは誰?』のエコーだし、「なりすまし(impostor)」テーマも、“Alias Basil Willing”や“Unfinished Crime”以来のネタで、ほかにも、“The Changeling Conspiracy”、“The Impostor”などでも用いられる。宝石が絡む陰謀は“Unfinished Crime”そっくりだし、フランス語の文法の手がかりも『逃げる幻』で既におなじみだ。このように、プロット・アイデアの枯渇が痛ましいほどに感じられるのが60年代以降の作品の特徴なのだ。
 将来の再会を誓い合うという、心惹かれる発端の友情物語も、ただのプロット上の取っ掛かりとして活用されているだけで、美しい発展を見るわけでも、(O・ヘンリーのような)意外な大団円を迎えるでもなく、尻すぼみに終わって消化不良感が残ってしまう。リーとガーゼルの親子が巻き込まれていく陰謀にしても、思わせぶりにミステリアスな雰囲気を醸し出すものの、結末で明かされるその真相は拍子抜けで、取って付けた感が強い。練り上げたプロットが際立つ初期作品とはあまりに対照的。ヒロインのガーゼルにささやかなハッピー・エンドが待っているのがせめての救いか。
 この時期、ベイジル・ウィリング博士はわずかな短編に登場するだけで、ほとんど姿を見せないのだが(しかもどんどん年老いていく)、博士を活躍させるだけのプロットを練り上げる力が、当時のマクロイにはなかったというのが実相かもしれない。敢えて紹介に値する作品があるとすれば、以前の記事でも紹介した、ウィリング博士の変わり身とも言うべき、アルフレッド・ネローニ博士が登場する二作だろうか。


A Change of Heart
米ドッド・ミード社初版ダスト・ジャケット

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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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