ミュリエル・スパーク『死を忘れるな』

 スパークはミステリ作家ではないが、『死を忘れるな』(1959)の新版が、同じく「謎の電話」をモチーフにしたマクロイの『あなたは誰?』とたまたまほぼ同時期に刊行されたこともあり、手に取ってみた。謎の電話だけでなく、殺人事件も出てくるが、ミステリではない。
 しかし、スパークはミステリばかり読んでいる読者でもどこかで聞いたことのある名前のはずだ。まず、スパークの名はアガサ・クリスティの自伝にも出てくる。ロバート・バーナードも『欺しの天才』で引用しているが、スパークはグレアム・グリーンとともに、クリスティが、とても自分には書けないと、その優れた文体を羨んだ作家の一人なのだ。
 さらに、彼女の代表作『ミス・ブロウディの青春』(1961)(同じく白水社から新刊が今年刊行された)は、1969年に映画化されたが、この映画で英米のアカデミー賞の主演女優賞を得たマギー・スミスは、1978年の映画「ナイル殺人事件」でミス・バワーズを演じて英アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされているし、1982年の「地中海殺人事件」でも、ダイアナ・リグの向こうを張って、ホテルの女主人ダフネの役を演じている。ハリー・ポッターのミネルバ・マクゴナガル先生の役でもおなじみだ。
 老人たちに「死ぬ運命を忘れるな(Remember you must die)」という謎の電話がかかってくるのだが、それが本作の標題“Memento Mori”の意味。本来はラテン語だが、英語でも使い、この言葉には、私にもちょっとした思い出がある。イギリス人が書いた文章にこの言葉がたまたま出ていたのにきょとんしたアメリカ人青年から、どういう意味かと聞かれたので、紙に頭蓋骨と交差した骨を描いてみせたら、「ああ、skull and cross bonesのことか」と納得していたものだ。イギリス人には比較的なじみがあっても、アメリカ人(特に若い人)には分かりにくい言葉の一つだと知ったきっかけである。
 電話の主は最後まで判明しないが、謎の電話が老人たちの間に波紋を広げていく様子を描きながら、各登場人物を生き生きと浮き彫りにしていく巧みさはいかにもスパークらしい。スパーク自身の回想によれば、子どもの頃、母親と一緒にエディンバラの病院を時おり訪れ、入院中の老人たちと接した経験が本作の着想となっている。スパークは、肉体が不自由となっても、精神的な力と強靭さを保ち、なお周囲の人々に独特の影響を及ぼし続けている老人たちに強い印象を受けたし、そこに悲劇的な側面と喜劇的な側面がともにあることを見てとったという。
 確かに、この作品に登場する老人たちは、ほとんどが70歳以上だというのに、高齢者らしい肉体的な制約を抱えつつも、生き生きと機知に富んだ会話を交わし、年齢を言われない限り働き盛りか青年かと見紛うほどだ(アクティヴシニアの活躍が当たり前になった今日ではなおのこと違和感がない)。死を目前に控えた人々が、仲間の死や死後の騒動などを経験しながら、そんな状況の中で各人それぞれがユニークな反応を繰り広げていく悲喜劇。スパーク自身の経験に基づいた人間性の洞察と独特の背景設定があればこそ実現できた描写ではないだろうか。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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