マクロイ『あなたは誰?』手がかり索引(ネタバレあり)

※『あなたは誰?』のプロットの詳細を明かしていますので、未読の方はご注意ください。


 『あなたは誰?』が刊行されてひと月が経ち、多くの読者の方々のご好評をいただいていることに心から感謝申し上げたいと存じます。
 感想なども既にいろんなところにアップされているようですが、管見の限りでは、自分が思いもよらなかった洞察を示しておられるような鋭い書評を目にする一方で、ちょっとした見落としが気になる感想なども目についたりします。特に手がかりの所在については、マクロイは必ずしもすべてをウィリング博士の謎解きの中で丁寧に明かしているわけではないため、漫然と読み流していると最後まで気づかずに終わる場合もあるようです。なにしろミステリは娯楽作品、学術書のように丹念にアンダーラインや書き込みをしながら読むものでもありませんから、それも無理からぬというものでしょう。
 そこで、既に読み終わった読者の方への便宜を図る意味と自分自身の整理も兼ねて、この機会に、デイリー・キングの「オベリスト」シリーズのひそみにならい、ウィリング博士が必ずしも指摘していない手がかりを中心に整理して、『あなたは誰?』の「手がかり索引」を作ってみたいと思います。
 「いままで紹介されたヘレン・マクロイの作品のなかで、最もパズラーすなわち謎解きとしてフェアな作品」という垂野創一郎氏の指摘がいかに正鵠を射たものであるかが、こうした整理からも見えてくれば幸いです。
 なお、頁数はちくま文庫の邦訳に従い、便宜上、犯人をA、その配偶者をBと呼ぶことにします。


・Aが色盲であることについて
 40頁では、Aは邸の正面のテラスから大砲を毎日見ていると語るのに対し、別の人物はそんなものがあるのに気づかなかったと語る。
 220頁では、その大砲がピンクとイエローの迷彩を施されていると説明されている。
 この二点を総合すれば、Aが中間色を識別できない色盲ではないかと推測することが可能である。
 Aが大砲の迷彩に気づかない事実は、クライマックスの317頁で初めて明かされるため、これは手がかりのあとだしではないかという指摘は、これらの箇所の手がかりを見落としているわけだが、単に漫然と見落としたというわけではなく、マクロイの提示の仕方の巧妙さによる面もあるだろう。もし迷彩の描写が先に出てきて、そのあとに、Aには大砲が見えたという事実が明かされていれば、容易に気づく読者も少なくなかったはずだ。その順序を逆にすることで、容易に気づけないまま見過ごすように仕掛けられていることが分かる。

・被害者の好物がショコラ・リキュールであることについて
 115頁で、被害者は夕食会の席上、同席した人たちに対してショコラ・リキュールに目がないことを嬉しそうに語る。
 無論、被害者を子どもの頃から知る人たちは、彼が甘いものに目がないことを知っていたはずだが、そうでなくとも、被害者がショコラ・リキュールを目にすれば食べてしまうであろうことは、この夕食会に同席していた者なら、彼の発言から容易に予測できた。

・ストリキニーネの出所について
 25頁では、Aの父親が肺炎で死んだとの言及が出てくる。
 ストリキニーネは、ごく少量では中枢興奮作用を持つものの、毒性が極めて強いため、今日では薬剤として使用されることはほとんどなく、この手がかりだけでは肺炎の際に使用した強心剤がそのまま残っていたという推測は難しいだろう。ただ、224頁で、ストリキニーネがあれば投与していたという記述が出てくることから、ストリキニーネが薬剤としての効果も持ち、当時は使用されていたことが示唆されてはいる。

・Bがルボフであることについて
 131頁では、夜食室で「BとAは、ほかに四人が座っている大きなテーブルに着いていた」と記されている。
 200頁では、「そこのテーブルでルボフが五人の客と一緒にいるところを見た」という夜食室にいたウェイターの証言が出てくる。
 これもあまりに見え見えの手がかりであり、出てくる順序が逆であれば、容易に気づきそうなものなのだが、やはり順序のせいで漫然と見過ごしてしまうように仕掛けられている。B本人がウェイターの証言を引用していることも強力なカムフラージュと言えるだろう。
 (自明すぎて蛇足かもしれないが、一つ補足しておこう。Bがルボフであり、B本人がそのことを自覚していないらしいことに気づけば、第九章でウィリング博士が二重人格の説明を行った時点で、自ずと二重人格者はBであることが推測できるはずだ。これも、ウィリング博士の説明、ウェイターの証言、実際のテーブル着席者、という順序で出てきたなら、ほとんどの読者が真相に気づいたに違いない。)

・フリーダのカリカチュアを描いた人物について
 194頁では、Bが23歳の頃から『金枝篇』を読みたいと思っていて、306頁では、ようやく第一巻を読み終えたという記述が出てくる。
 239頁以降では、短剣を突き刺されたフリーダを描いたスケッチが「類感呪術」を表したものであることが示唆されている。
 「類感呪術」は、『金枝篇』の第一巻で説明の出てくる呪術信仰の形態であり、まさに同書を読んでいたBがこれに触発されて描いたことが推測できる。但し、その推測が可能であるためには、『金枝篇』についての知識が必要ではあるのだが。

・Aが二重人格の正体を知っていることについて
 第十章「誰も眠れない」では、主要容疑者五人のうち、四人までが、自分こそが二重人格者ではないかと自問するシーンが描かれる。ところが、Bを含む三人は、いずれも自分自身の独白としてその疑いを表すの対し、Aだけは、Bに対する語りかけの中でその疑いを口にする。
 ここから、その場面全体が叙述テクニックを駆使したものであり、A以外の三人は、二重人格者の正体を知らず、自分がそうかもしれないと実際に疑っているのに対し、Aだけが実は嘘をついていて、自分がそうではなく、ほかにいると知っていることを示唆する手がかりとなっているわけである。

・二重人格者の存在を示唆する偽の手がかりについて
 そのほか、B以外の登場人物が二重人格者であることを疑わせる偽の手がかりが随所にちりばめられている。イヴを頻繁に襲う頭痛もそうだが、アイランド夫人という空想上の話し相手の実在を主張するテッド少年もそうだ。実際、テッド少年は、177頁で警察からポルターガイストの正体として疑われてもいるのだが、ここから、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティなどの有名作品を想起する人も少なくないだろう。マクロイはその可能性を示唆して読者を惑わせることはしても、そんな単純であからさまな解決を実際に採用することはしなかったわけである。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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