ヘレン・マクロイ“Minotaur Country”

 “Minotaur Country”(1975)は、ノン・シリーズもののサスペンス。

 新聞記者のタチアナ(タッシュ)・パーキンスは、社長のビル・ブリュワーから、州知事夫人のヴィヴィアン・プレイフェアの取材を命じられる。ヴィヴィアンがマスコミの取材を受けたことはなく、タッシュは興味を抱く。ビルによれば、ヴィヴィアンは過去に三度、失踪事件を起こしたことがあるが、事件が公にされたことはないという。
 タッシュは、カメラマンとともに〝リーフィ・ウェイ〟という知事公邸に赴き、ヴイヴィアン夫人の取材をしていたが、夫人の秘書とカメラマンが席をはずした時、夫人はタッシュに、帰りに自分の手紙を代わりに出してくれるよう頼む。タッシュは快く引き受け、封筒を自分のハンドバッグに入れる。そこに夫のジェレミー・プレイフェア知事が予期せず現れ、取材に加わる。帰り際に、タッシュが改めて手紙はちゃんと出しておくと夫人に告げると、なぜか夫人は、何の話か分からないと答える。
 タッシュは恋人と一緒に夕食をとった後、飲み物を買いにショッピングセンターに立ち寄るが、そこで財布とヴィヴィアン夫人から預かった手紙を男と少年の二人組のスリに盗まれてしまう。
 タッシュは、彼女の記事が気に入ったプレイフェア知事に再び公邸に招かれる。知事は、病気になったスピーチ・ライターに代わり、次期選挙に向けて彼女にスピーチ・ライターの仕事を引き受けてほしいと依頼する。タッシュは快く引き受け、記者を辞めて〝リーフィ・ウェイ〟に住み込みで仕事をすることになる。タッシュは、預かった手紙を盗まれたことをヴィヴィアン夫人に謝ろうとするが、夫人はなぜかその話を避けようとする。
 タッシュは、暗証番号でアラームを解除して入る部屋を割り当てられるが、部屋に戻った時、タイプライターの上に、ヴィヴィアン夫人の飼っているカナリアの死体が置かれているのを見つける。タッシュは知事にその事実を知らせるが、ヴィヴィアン夫人の姿は邸になく、車に乗って失踪したらしいことが判明する・・・。

 本作の巻頭には、‘To Halliday Dresser with love’という献辞がある。つまり、1961年に離婚した夫、ブレット・ハリデイ(本名:デイヴィス・ドレッサー)に愛を込めて(!)捧げられているのだ。ヒロインのタッシュは、両親が離婚したという設定になっていて、そのエピソードには、マクロイ自身の経験がなにほどか反映されているように思えるし、ハリデイとの離婚がその頃になってもまだマクロイの作品に影を落としていることが窺えるのだが、短編集『歌うダイアモンド』(1965)にも、やはり別れたあとの夫ハリデイが序文を寄せているし、いったいこの二人は離婚後どういう関係にあったのだろうか。
 ハリデイは、マクロイと離婚した年に、メアリ・サヴェイジという女性と再婚し、1965年には子息を儲けている。本作が刊行された年、ハリデイとマクロイはともに71歳。二年後の1977年にハリデイは世を去っている。既に老いらくの境地にあった二人の心情と当時の交流がどのようなものであったのか、なんとも想像のしようがない。
 (追記:あとで気づいたのだが、ブレット・ハリデイと後妻のメアリとの間に生まれた息子の名は、「ハリデイ」とのこと。‘Halliday’は普通、苗字であり、名前では使わないので、てっきり‘Halliday Dresser’は、「ハリデイ=ドレッサー」のように筆名と本名を並べたものと初めは思ったのだが、実は「ハリデイ・ドレッサー」はその息子の名なのかもしれない。だが、自分の離婚原因となった夫の不倫相手の女性が生んだ子に対して「愛を込めて」献辞を記すようなことをするだろうか。それこそ想像を絶するのだが・・・。)
 ヒロインのタッシュには、マクロイ自身を反映したようなところがあり、作中、スピーチ原稿の推敲にあたって、「節を削除するのは肉をぶった切るようなものだけど、行を削除するのはメスを振るうようなものよ。血もほとんど流れないわ。かかとからタコを切り取るみたいなものね」と言う場面があるが、これはまさに、「削除――外科医それとも肉屋?」というエッセイで論じた彼女流の「削除の美学」を表したものだろう。
 ストーリーはその後、知事公邸での火災発生とヴィヴィアン夫人の死を経て、遊説先での知事の暗殺へと展開していくが、弛緩するところのない50年代までの傑作群と比べると、いかにも緊張感に乏しい。ジェレミーとの間に育まれるタッシュ自身の悲恋も、なにやら底が浅くて感情移入しにくいし、とりあえずはハッピーなエンディングも空々しく感じられてしまう。
 ただ、サスペンスの体裁を取りつつも、謎解きの要素もあり、事件の意外な黒幕とその動機の設定には見るべきものがあるし、全盛期の作品と比べればどうしても辛口の評になってしまうのだが、齢七十を過ぎてこれだけの水準の作品を書けるというのはなかなかたいしたものではなかろうか。


Minotaur Country
米ドッド・ミード社初版ダスト・ジャケット
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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