ダシール・ハメット『チューリップ ダシール・ハメット中短編集』

 刊行されたばかりの『チューリップ』を読む。ハメットの未完の遺作である表題作のほか、コンチネンタル・オプものの中短編をはじめ、この本で初めて単行本収録された作品も含まれている。ご自身作家であると同時に、我が国において長年、ハードボイルド小説の紹介に尽力してこられた小鷹信光氏による編訳である。
 ハメット自身を投影したらしき人物が登場し、書けなくなった自分の姿を描写したとも思える表題作も興味深いが、他の中短編も粒ぞろいで実に面白い。「ミステリマガジン」などに掲載されて既読のものも幾つかあるが、「暗闇の黒帽子」のように初めて接する作品もあったし、既読の作品も、簡潔で歯切れのいい、ハードボイルドにふさわしい訳文で改めて読むことができたのはなかなかよかった。そしてなにより、ハメットへのオマージュとハードボイルドに対する情熱がひしひしと伝わってくるような小鷹氏によるあとがきは非常に読み応えがある。長編も含めたハメットの作品リストをきちんと整理してくれたのもありがたかった。
 正直言えば、個人的には、ハードボイルド小説はそんなに好みではない。与えられた手がかりに基づいて合理的な解決を推理してみたい、あるいは作者が仕掛けた独創的な解決の意外性を堪能したいという知的な欲求に訴えるのが推理小説であり、自分が一番読みたいと願っているのはそういう種類の作品だからだ。殺人などの犯罪は我々読者に解くべき謎を提示するための媒体にすぎないのであって、流血や暴力といった煽情的な要素自体に興味があるわけではないし、サスペンス小説や警察小説なども、決して無関心ではないものの、自分にとっては傍流のジャンル。近頃話題のルメートルやオールスンなども異次元ジャンルに属する作家だと思っている。
 だからというので、読まないわけではないし、面白いものは素直に面白いと認めたいとも思う。ハメットやチャンドラーはさすがに面白い。とりわけキャラクターの魅力は無比であり、『マルタの鷹』や『ロング・グッドバイ』には忘れられない場面が幾つもあるし、諳んじることができるほど心に焼きついているセリフもある。こうして久しぶりにハメットの作品を読んで、その魅力に改めて接することができたのは貴重な体験だった。
 ところが、アメリカとは対照的に、我が国ではハードボイルドに関心の高い読者層は必ずしも厚くはないようだ。本書巻末の作品リストを見ても、ハメットには単行本未収録や未訳の作品が幾つもある。例えばカーやクロフツの書誌と比べてみれば、そのコントラストを実感することだろう。自分と同様の認識を持つ読者のほうが多いのだろうと改めて認識してしまった次第である。小鷹氏によるこの訳書も、早川や創元のような版元ではなく、近年いろいろ経緯のあった草思社から刊行されたというのも、なにやら事情がありそうな気もしてしまう。こうした開拓的な紹介がハードボイルドの古典への関心をさらに喚起することにつながればよいが。
 今年の「ミステリマガジン」11月号は小鷹氏による特集号だったが、『チューリップ』のあとがきに記された意味深な言及や「ミステリマガジン」の編集後記に記された近況を読むと、ご本人にもいろいろ大変なご事情があるようだ。これが「最後の仕事」などとおっしゃらずに、残された作品の紹介も含め、まだまだご活躍いただきたいものである。
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