A&P・シェーファー “Withered Murder”

 “Withered Murder”(1955)は、アントニーとピーターのシェーファー兄弟による推理小説。『衣装戸棚の女』(1951)、『ベヴァリー・クラブ』(1952)に続くヴェリティ氏登場の三作目の長編である。タイトルは、『マクベス』第二幕第一場のマクベスのセリフ、「やせこけた人殺し」(小田島雄志訳)に由来する。各章の冒頭にも『マクベス』の引用が掲げられている。
 本作では、ファゾムという名の探偵役が登場するが、大柄でヴァンダイク髭という特徴はもちろん、相棒のランブラー警部が登場したり、途中、ファゾムのことを何度か「ヴェリティ」と表記している箇所が出てきて、彼がヴェリティであることはシリーズを知る読者にはすぐ分かるようになっている。ちなみに、‘fathom’は、見抜く、看破する、といった意味の言葉である。
 『ベヴァリー・クラブ』も、1957年に米版が出た際に、著者名がピーター・アントニイから本作と同様のA&P・シェーファーに変更されるとともに、探偵役の名がファゾムに変更され、統一が図られたようだ。

 ファゾムは、友人を訪ねて、コーンウォールの海岸沖の〝クラブ・ポイント〟という小島にあるホテル〝バーナクル〟に滞在していた。ホテルには、所有者のポスコル夫人のほか、引退した女優のシリア・ホイットリー、その秘書のヒラリー・スタントン、ヒラリーの前夫で芸術家のテレンス・ジャーメイン、ドイツ人のリヒター教授、牧師のデニス・ラドリーとその妻アリス、ジャーナリストのコリン・グレイ、弁護士のポッター氏、考古学者のブレア氏が滞在していた。
 ヒラリーは、ミス・ホイットリーに生活を牛耳られていたが、新しくできた恋人のコリンとインドに発とうとしていた。ところが、そこへヒラリーにまだ未練を残すテレンスがやってきて、ヒラリーやコリンと諍いを起こしていた。
 夜、ホテルの客たちが夕食のために居間に集まってきたとき、ポスコル夫人が食事の用意ができたことをその場にいないミス・ホイットリー、ポッター、ファゾムに知らせるために、ゴングを鳴らしてくれるようブレアに頼む。その間に、デニス・ラドリーが暖炉のそばの椅子を取りに行くと、なにかにつまづき、それがミス・ホイットリーの死体であると分かる。彼女の死体は顔の肉をはぎ取られ、目を潰されていた。
 ヒラリーは犯行推定時刻に居間のアルコーヴで手紙を書いていたが、死体からさほど離れていない位置にいたはずなのに、なにも目撃しなかったと主張する。それが事実なら、彼女以外に殺人を実行できた者はいないはずだった・・・。

 脚本家であったシェーファー兄弟らしく、作中にはヒッチコックの映画の原案となったパトリック・ハミルトンの戯曲「ロープ」が話題に出てきて、実はこれが謎解きで意味を持つようになっていたりする。もう一つ、思わずニヤリとさせられるのは、アントニー・シェーファーが脚本を担当した映画「ナイル殺人事件」に、本作のセリフが採り入れられていることだ。ポアロが謎解きをするシーンで、犯人が‘You must be mad’とポアロに向かって言うと、ポアロが‘No, I am not mad’と応じるシーン、さらには‘It’s not true!’と犯人が叫ぶシーンがあるのだが、これとまったく同じセリフのやりとりが本作の謎解き場面に出てくるのだ。おそらくシェーファーは自作の場面を思い浮かべながら「ナイル殺人事件」の脚本の謎解きシーンを書いたのだろう。(そう考えると、あの大柄なピーター・ユスチノフは、ポアロというよりヴェリティのイメージだったのかも。)
 容疑者一人一人をファゾムが訪ね、各人に動機や機会があったことをほのめかしながら尋問していく展開も「ナイル殺人事件」にそっくりだが、映画では効果的に感じられた、こうした展開も、小説となると、まるでナイオ・マーシュの初期作品のように退屈な尋問シーンの連続になってしまい、あまり効果を上げていないようだ。『ベヴァリー・クラブ』でも同様の退屈な尋問シーンの連続があったが、さほど進歩が感じられない。
 フーダニットの設定はやや荒唐無稽な印象があるが、クリスチアナ・ブランドやニコラス・ブレイクなどにも例があり、年代からすると彼らの模倣というわけではなさそうだが、さほど独創的とも言い難い。ロバート・エイディが“Locked Room Murders”で取り上げているトリックも、やはり鮮やかなものとは言い難く、全体として印象は乏しい。
 シェーファー兄弟のこのシリーズは、プロットとしては軽いタッチで楽しめる面もあるが、いずれも作り物めいていて常に興ざめ感がつきまとう。エイディが称賛する『衣装戸棚の女』は、人物描写も薄っぺらでストーリーも退屈なら、プロットも小粒で、習作の感が拭えない。『ベヴァリー・クラブ』も、思いつきのアイデアを基に「ゲーム感覚」の殺人のシナリオをこしらえて、登場人物達をチェスの駒のように、シナリオどおりに動くように配置しただけなのが見え見えで、所詮は机上のプロットにすぎないから、殺人やアリバイ作りのプロセスは組み立てることができても、動機があっさり宙に浮いてしまっているような代物だった(根幹となる着想も、実はアリンガム、クリスティに先例があるものを組み合わせて焼き直したものにすぎない。この作品のプロットを独創的だと思った人の大半は、おそらくアリンガムの当該作品を知らないのだ)。
 残念ながら、このシリーズは三作とも期待外れで、脚本家としては優れていたのだろうが、推理小説作家としてのシェーファー兄弟は、特に印象に残る作品を残してはくれなかったようだ。
 余談だが、一つ気になったのは、ドイツ人の教授の名、ハンス・リヒター。クラシック音楽ファンなら知っている人も多いはずだが、マーラーと同時代の著名な指揮者と同姓同名なのだ。偶然か意図したものかは分からない。
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