ディテクション・クラブが語る犯罪実話 “The Anatomy of Murder”

 “The Anatomy of Murder”(1936)は、ディテクション・クラブが主催して創作した5作目の作品である。
 クラブによる著作を年代順に列挙すると以下の通り。

 Behind The Screen(1930)      『屏風のかげに』(『ザ・スクープ』中央公論社に併録)
 The Scoop(1931)            『ザ・スクープ』
 The Floating Admiral(1931)     『漂う提督』早川文庫
 Ask A Policeman(1933)        『警察官に聞け』早川文庫
 The Anatomy of Murder(1936)
 Six Against The Yard(1936)
 Detection Medley(1939)
 No Flowers By Request(1953)   『弔花はご辞退』(『殺意の海辺』早川文庫に併録)
 The Verdict of Thirteen(1978)   『13の判決』講談社文庫
 The Man Who...(1992)
 The Detection Collection(2005)
 The Verdict of Us All(2006)

 なお、“Double Death”(『ホワイトストーンズ荘の怪事件』創元社)(1939)と“Crime on The Coast”(『殺意の海辺』)(1954)も同様のメンバーによるリレー長編として知られているが、厳密にはディテクション・クラブが主催した作品ではない。
 時期を明確に区切るのは困難だが、古典期に属するのは、セイヤーズなどが参加している『弔花はご辞退』までとみることができる。
 最初の3冊は、いわゆるリレー長編で、それぞれの作家が各章を担当して書き継いでいくという趣向のフィクションだが、続く“The Anatomy of Murder”では、がらりと趣向を変えて、各作家がそれぞれお気に入りの犯罪実話を取り上げている。収録作と事件の概要は以下のとおり。

Death of Henry Kinder  ヘレン・シンプスン
 1865年にオーストラリアで起きたヘンリー・キンダー事件。キンダーはシドニーのシティ・バンクの出納主任だったが、謎のピストル自殺を遂げる。埋葬後に殺人の疑惑が持ち上がり、妻のヘレンと愛人関係にあったとされるルイス・バーナードとその妻ジェーンが逮捕される。ルイスは有罪判決を受けるが、のちに精神異常者として収監。

Constance Kent  ジョン・ロード
 1860年に英ウィルトシャー州トロウブリッジで起きたコンスタンス・ケント事件。サミュエル・ケント家の屋外便所で4歳のフランシス・サヴィルが遺体で発見される。遺体は首が胴体から離れそうなほど深く喉を切り裂かれ、血まみれの毛布にくるまれていた。内部の犯行とみなされ、異母姉の16歳のコンスタンス・ケントが逮捕されるが、証拠不十分で釈放。1886年になってコンスタンスは自分の犯行を告白し、死刑判決を受けるが、のちに減刑。

The Case of Adelaide Bartlett  マーガレット・コール
 1886年にロンドンで起きたアデレイド・バートレット事件。食料雑貨店を経営するエドウィン・バートレットは、ベッドで冷たくなっているのを発見され、妻アデレイドが医師に通報。遺体の唇に不審な臭いを感じたエドウィンの父親は警察に通報し、検死解剖の結果、死因はクロロフォルムの大量摂取と確認され、アデレイドが逮捕されるが、裁判の結果、無罪判決。

An Impression of the Landru Case  E・R・パンション
 1915年にフランスで起きたアンリ・デジレ・ランドリュによる連続殺人事件。ランドリュは未亡人を対象とした結婚相手の募集広告を出し、応募してきた金持ちの未亡人を次々と殺害して財産を奪った。犠牲者の数は11人に及ぶが、遺体は一つも発見されなかった。ランドリュは行方不明者の照会がきっかけで逮捕され、裁判の結果、死刑。

The Murder of Julia Wallace  ドロシー・L・セイヤーズ
 1931年に英リヴァプールで起きたジュリア・ウォーレス殺害事件。保険外交員をしていたウィリアム・ウォーレスは、帰宅後に、撲殺された妻ジュリアの血まみれの死体を発見し、警察に通報。外部からの侵入の痕跡はなく、アリバイも不確かだった夫ウィリアムが逮捕されるが、控訴審の結果、無罪判決。

The Rattenbury Case  フランシス・アイルズ
 1935年、英ボーンマスで起きたフランシス・ラッテンベリー殺害事件。建築家フランシス・ラッテンベリーは、頭を殴打され、意識を失った状態で自宅の肘掛椅子に座っているところを妻アルマに発見される。病院に運ばれるが、間もなく死亡。夫と年の離れたアルマは運転手のジョージ・ストーナーと愛人関係にあり、二人はともに犯行を認めて逮捕され、裁判の結果、アルマは無罪、ストーナーは死刑判決を受けるが、アルマは自殺し、ストーナーは終身刑に減刑。

A New Zealand Tragedy  フリーマン・ウィルズ・クロフツ
 1933年にニュージーランドのルアワロで起きたレイキー事件。牧畜農家を営むサミュエル・レイキーの妻クリストベルが池で溺死体となって見つかる。捜査の結果、サミュエルと仲の悪かったウィリアム・ベイリーの敷地から焼却された骨の断片や入れ歯などのサミュエルの所持品が見つかる。夫妻殺害の容疑でベイリーが逮捕され、裁判の結果、死刑。

 コンスタンス・ケント事件を論じるジョン・ロードは、捜査に当たった地方警察が、経験不足にも関わらず、縄張り意識からスコットランド・ヤードに協力を求めるのが遅れたことが、事件解決を妨げた主因だったとして、熟練した捜査官を早期に確保することの重要性を説いている(この事件でスコットランド・ヤードから派遣されたのは、カーの『ハイチムニー荘の醜聞』に登場するウィッチャー警部)。なお、ロードは単独でもコンスタンス・ケント事件についての著作を書いている。
 フランシス・アイルズは、『殺意』や『犯行以前』のような犯罪心理小説の著者らしく、若い愛人をかばうために罪を被ろうとしたアルマをはじめ、事件関係者の心理を詳細に分析しているのが興味深い。また、捜査に携わる警察官たちの粘り強い捜査ぶりを描くクロフツの叙述には、フレンチ警部の創造者らしく、温かい共感がにじみ出ている。
 セイヤーズの執筆部分は、「ジュリア・ウォレス殺し」として『顔のない男』(創元社)に邦訳が収録されている。この事件は、ジョン・ロードの『電話の声』の題材にもなっており、ロードはそこで事件の再構成を試みている。

 なお、“Detection Medley”の序文でジョン・ロードが語っているところでは、クラブの創設者はアントニイ・バークリーで、1928年に、定期的に夕食会を開こうと他の作家達に呼び掛けたのが始まりだったようだ。
 ロードによれば、クラブ会費は形ばかりのものとする一方で、会場の確保も必要だったことから、資金調達のために始めたのがクラブとしての創作活動だったようだ。これらの著作のおかげで、会員に負担をかけることなく、ジェラード・ストリートに会場を確保できたとのことである。
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