ヘレン・マクロイ “The Impostor”

 “The Impostor”(1977)は、非シリーズものの長編。

 マリーナ・スキナーは、国際的複合企業体〝スキナー・インダストリーズ〟の雑誌部門に勤める職員だったが、解雇通知を言い渡された職員を代表して行ったスピーチが、コーネリアス・スキナー社長のいとこ、ヴィクター・スキナーの目にとまり、それがきっかけで二人は親しくなって、数か月後に結婚する。
 結婚後しばらくして、二人はリンカーンに居を定め、近所や友人、会社関係者などを招いて、新築祝いのパーティーを開くことにした。免許取りたてのマリーナは、買い出しに出かけるため、ヴィクターが買ってくれた新車に乗り、邸から道路に出るが、もう一台の車が突っ込んできて、彼女は意識を失う。
 彼女は、エリック・サンダーズ医師のクリニックで目覚めるが、サンダーズ医師に事故の状況とその事故で流産したことを説明しても、医師は、それがマリーナの幻想であり、実際は衝突事故などなく、彼女は酔って木にぶつかっただけで、妊娠した事実もないと言う。
 マリーナは、サンダーズ医師が自分をクリニックに閉じ込めようとしていると感じ始めるが、その心配を打ち明けて助言をくれたナースは姿を見せなくなり、ひそかに脱走を試みるが失敗する。こっそり〝スキナー・インダストリーズ〟に電話をかけてヴィクターを呼び出そうとしても、イランに出張中と言われ、つかまえることができない。
 マリーナは、心ならずも、事故は酔って木にぶつかったものというサンダーズ医師の主張を受け入れたふりをし、退院を認めてもらうために従順な態度を取り続ける。ところが、ある日、サンダーズ医師は、急にマリーナの回復を認めて退院を許可し、夫のヴィクターもイランから帰国して、明日、彼女を迎えに来ると告げる。
 ところが、退院の日、夫として部屋に入ってきて彼女の名を呼んだのは、全くの別人だった。マリーナは、夫ではないと否定すれば、まだ幻想が続いていると決めつけて拘束しようというサンダーズ医師の罠ではないかと感じ、芝居を打って、そのまま偽者の夫の胸に飛び込む・・・。

 病院に閉じ込められる女性の恐怖を描く発端から、偽者の夫が現れる展開は、実にサスペンスフルでなかなか読ませる。ところが、その後は、新開発のレーザー兵器をめぐるイランの組織も絡んだ国際的陰謀に巻き込まれていく展開となり、暗号解読あり、兵器の知識を記憶にインプットされた完全記憶能力を持つ青年の追跡劇ありと、すっかりエスピオナージュ的なストーリー展開に転じてしまう。それはそれで決して退屈ではなく、まずまず読ませはするのだが、冒頭の謎と緊張感に満ちたサスペンスに期待を抱いたあとでは、なにやら拍子抜けの感がなくもない。
 マクロイらしく、そんな展開でありながらも、最後は謎解き的なファクターもしっかり用意していて、マリーナの事故を演出した意外な人物を明らかにするのだが、これも前作と同様、やや取って付けた感が強いし、全体の構成とどうもしっくり噛み合わない。退屈さはないものの、読み終えてどうしても物足りなさが残るのは、こうしたごった煮的なプロットの中途半端さがあるからだろう。
 なお、本作のタイトルには混乱がある。『世界ミステリ作家事典』のマクロイの項目、『割れたひづめ』と『殺す者と殺される者』の巻末著作リストなどを参照すると、米版タイトルを“The Imposter”、英版タイトルを“The Impostor”としているが、これは誤りで、実際は、米ドッド・ミード社の初版タイトルは“The Impostor”であり、“The Imposter”はのちの版のタイトルのようだ。
 調べてみると、どちらが米語、英語のスペルというわけではなく、いずれの国でもかなり昔に遡って両表記が並存していたようだが、マクロイ自身の著作を見ると、“Alias Basil Willing”をはじめ、この単語は一貫して‘impostor’と表記されているので、それがマクロイ自身の身についた表記だったと見ていいだろう。
 海外のリファレンス・ブックを参照すると、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”(1980)が既に米版タイトルを“The Imposter”と誤って表記しているものの、英ゴランツ版のタイトルが異なるとはしていない。
 クーパー&パイクの“Detective Fiction: The Collector’s Guide”(1995)が、米ドッド・ミード版を“The Imposter”、英ゴランツ版を“The Impostor”としているので、おそらく同書がソースであり、これを参照した『世界ミステリ作家事典』の著作リストを他の書物がそのまま写していったというのが真相ではないかと思われる。(ネット上でも同じ間違いが見られ、このエラーは日本語の情報にかなり拡散しているようだ。)
 なお、英ゴランツ版には「あとがき」が加筆されていて、同書で使われた暗号法について問題点の指摘を受けたことに触れている(この「あとがき」については、『割れたひづめ』の解説で加瀬義雄氏も触れていて、加瀬氏が読まれたのも初版ではなく、のちの版だったのだろう。)
 米初版ダスト・ジャケットには、当時の著者の写真が載っている。


The Impostor
       米ドット・ミード社初版ダスト・ジャケット
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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