ナイオ・マーシュ “Final Curtain”

 “Final Curtain”(1947)は、ロデリック・アレン首席警部が登場する長編。

 アレン首席警部の妻、画家のアガサ・トロイは、夫がニュージーランドから帰国しようという矢先、著名なシェークスピア劇の老俳優、ヘンリー・アンクレッド卿の肖像画を描く仕事を依頼され、卿とその家族の住む邸〝アンカートン・マナー〟に招かれる。
 ヘンリー卿には、亡妻との間に、ポーリンとデズデモーナという娘、ヘンリー・アーヴィング(故人)、クロード(登場せず)、トーマスという息子がいて、ポーリンにはポールとパトリシア(パンティ)という娘がいた。ヘンリー・アーヴィングの後家、ミラマンドは夫との間にセドリックという息子がいた。さらに、クロードには妻のジェネッタと娘のフェネラがいた。ポーリン、クロード、デズデモーナはいずれも父と同じく俳優だった。屋敷には、ヘンリー卿が連れ込んでいた女優のミス・ソニア・オリンコートも滞在していて、卿は彼女との結婚を考えているのではないかと疑われていた。
 ヘンリー卿は、75歳の誕生日を記念してマクベスの扮装をした肖像画をトロイに描かせ、それを誕生日のディナー・パーティーの場で披露するつもりだった。ヘンリー卿はそのパーティーの場で遺言書の内容も発表する予定だったが、卿は気分屋で、それまでにもころころと遺言書の内容を書き替えていた。
 トロイが肖像画を描くために邸に滞在している間に、何者かが手すりに塗料を塗ったり、製作中のヘンリー卿の肖像画にめがねを描き加えるなどのいたずらが起きる。パンティはいたずらっ子だったため、トロイは彼女の仕業ではないかと疑うが、パンティは否定する。
 誕生日パーティーの場で、ヘンリー卿は家族にそれぞれ財産を遺す遺言書の内容を発表するが、ミス・オリンコートと結婚する意思を明らかにし、みんなを驚かせる。トロイの描いた肖像画が披露されると、その絵に翼を生やして飛んでいる雌牛が描き加えられているのが分かる。ヘンリー卿はパンティの仕業だと決めつけ、腹を立てた卿は弁護士を呼んで、パンティに有利だった遺言書を破棄し、財産のほとんどをミス・オリンコートに遺す遺言書に書き替える。
 ところが、翌朝、ヘンリー卿がベッドで急死しているのを執事が見つける。卿はもともと医師に過度の飲食を戒められていて、パーティーでの飲食が原因の自然死と診断されるが、ヒ素入りの猫いらずの缶が紛失しているのが分かり、その缶がミス・オリンコートのスーツケースから見つかる・・・。

 本作は、アート・ブアゴウが“Mystery Lover’s Companion”において『殺人者登場』と並んでマーシュのベストに挙げている作品。俳優の一家を中心に据え、『殺人者登場』、『ヴァルカン劇場の夜』、“False Scent”などと並んで、マーシュらしい演劇への関心が横溢した作品の一つである。
 戦時中、アレンはニュージーランドに派遣されて諜報活動に従事し、“Colour Scheme”(1943)、“Died in the Wool”(1945)はその間の事件という設定になっている。帰国して妻のトロイと再会するのも久しぶりであり、マーシュはここぞとばかりに、思い切ってトロイを前面に出すストーリーを練ったのだろう。そのおかげで、アレンとスコットランド・ヤードの面々の登場は半ば近くになってからであり、マーシュにありがちな退屈な尋問シーンも目立たず、前半はトロイの視点でアンクレッド家の様子と事件の推移が描かれるため、人物描写にも深みが増し、適度な緊張を醸し出しながらストーリーが展開していく。
 ただ、マーシュの作品はやたらと登場人物が多く、この手のお屋敷ものとなると、一族がずらずらと出てきて、名前を覚えるのも一苦労だ。黄金期の作品にありがちな、容疑者の数をやたらと水増しして読者を煙に巻く手法ともいえるが、正直うんざりさせられる。演劇的手法を好むマーシュは、冒頭に劇の配役表のように、登場人物の表を掲げて読者の便宜を図るのが常だが(邦訳で海外ミステリに親しんでいる読者は知らない人が多いかもしれないが、邦訳冒頭の登場人物リストは原書にはなく邦訳がサービスで載せているものが大半)、それでもにわかには人間関係の構図が頭に入らず、絶えずその表に戻って確認させられるはめになる。本作はその典型だ。厳しいことを言えば、それだけで減点というものだろう。
 マクロイのように、登場人物を最小限に絞り込んでも読者を欺ききる技量をもつ作家と比べると、どうしても力量の限界を感じてしまう。実際、プロット自体は凡庸で、特にこれといった独創性があるわけでもなく、意外性があるとすれば動機くらいだが、それも小粒なネタだ。プロットの面で感心させられる読者はきっと少ないだろう。(もっとも、クリスティの1960年代の傑作を先取りしていると評価する向きもあるにはあるが。ヘンリー卿の愛猫、キャラバスが重要な手がかりになっているが、これも専門知識が必要で、一般読者にはまず分からない。)
 本作の評価が高いのは、トロイが前面に出て魅力的に描かれていることや、アンクレッド家の描写のうまさによるものと思われるが、謎解きのファクターに厳しい目を注ぐ我が国の読者にはあまり受けそうにない作品だ。英国に比べてシェークスピアにもなじみが薄い我が国だけになおさらだろう。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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