ロビン・クック『スフィンクス』

 ブログのポリシーに反してクラシック以外の作品を取り上げるが、『スフィンクス』(1979)は、医療系サスペンスを得意とするロビン・クックが、珍しくエジプト学に取材して執筆した作品だ。発売後すぐベストセラーとなり、1981年には、フランクリン・J・シャフナー監督、レスリー=アン・ダウン主演で映画化された。
 ツタンカーメン王墓の盗掘をめぐるセティ一世時代のプロローグで始まり、ハワード・カーターによるツタンカーメン王墓発見のエピソードを経て、現代に舞台を移す冒頭の展開は謎めいていてなかなか読ませるのだが、残念ながらあとが続かず、中だるみ感が激しくて、ベストセラーになったとは思えないほど途中の展開が退屈だ。
 ヒロインのエジプト学者エリカも、共感を抱けるほどの魅力に乏しいし、自分がそれなりに知識があるせいか、クックのエジプト学への取材も皮相的に感じられて現実味に乏しい印象を受けてしまう。セティ一世の名を聞いたエリカが、第十九王朝のファラオだと言うと、なぜそんなことを知っているのかと相手が驚く場面では、(僕だって知ってるが・・・)と思わずにいられなかった。ホレンヘブがアクエンアテンからアイまでのファラオの存在を記録から抹殺したことを考えると、セティ一世の像にツタンカーメンのカルトゥーシュが刻まれているのも不自然だし、セティ一世時代に遡るパピルスが今日まで現存し得るとは思えないし・・・などなどと突っ込みどころもいろいろある。
 とはいうものの、エリカが墓の中に閉じ込められるところから発見をするクライマックスはテンションの高い場面の連続でなかなか読み応えがあるし、なるほど映画にしたら見どころ満載だろうと思わせる。
 本作を手にした動機は、エジプト学に取材したミステリをあらためておさらいしてみようと思ったからだが、クラシックの有名どころでは、フリーマン『オシリスの眼』(1911)、ヴァン・ダイン『カブト虫殺人事件』(1930)、モーラー“The Mummy Case Mystery”(1933)、クリスティ『死が最後にやってくる』(1944)などのほか、最近邦訳が出たデイリー・キング『厚かましいアリバイ』(1638)があるし、比較的新しいところでは、エリザベス・ピーターズの『砂州にひそむワニ』(1975)をはじめとする諸作品など、人気の高いテーマであることは間違いない。
 やはり関心が高まった一番のきっかけは、1922年のハワード・カーターによるツタンカーメン王墓の発見で、その黄金のマスクは古代エジプトが取り上げられる際にイメージとして決まって出てくる定番といっていい。古代エジプトがミステリの題材としてよく取り上げられるのも、そのきらびやかな発掘品の数々はもちろんのこと、当時話題になった「ミイラの呪い」のエピソードが謎と神秘への関心をかき立ててきたからでもあるだろう。実際、アルバート・J・メネンデスの“The Subject is Murder”の「考古学」の項目を見ても、ツタンカーメン王墓発見以前の作品は『オシリスの眼』だけだ。
 『オシリスの眼』は、ツタンカーメンの父で異端王と呼ばれたアクエンアテン(アメンホテプ4世)のほうに焦点を当てているが、人々の関心もさほど高くなかった時代にエジプト学をテーマに選んだ先見の明とその博識に驚かされるし、おそらくはクックよりもよほどよく調べているだろう。クリスティの『死が最後にやってくる』も、夫が考古学者で自分も発掘に随行した経験があるだけでなく、専門の考古学者の助言を仰いで執筆しただけあって、安易に流行に迎合した作品とは一線を画した重厚さがある。
 クックの作品は、デビュー作『コーマ』をはじめ医療系サスペンスがほとんどで、本作は例外的に違うテーマに挑んだ作品だが、素人臭さが露呈した面はあるものの、まずまず楽しめるエジプトものではあるだろう。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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