『オシリスの眼』と研究家たち

 『オシリスの眼』の刊行予告を出したところだが、ちくま学芸文庫から、まことによいタイミングで『エジプト神話集成』が刊行された。「ホルスとセトの争い」や「ピラミッド・テキスト」も収録されているし、これと岩波文庫から出ているプルタルコスの『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』を併せれば、『オシリスの眼』の背景にあるエジプト神話の原典はほぼ参照できるというものだ。あとがきである程度解説はしたが、フリーマンは学術的な議論のあるトピックを説明抜きに会話の中に盛り込むので要注意。博覧強記の人だっただけに、読者も自分と同程度の知識があることを当然の前提のように執筆してしまうのは、いかにもフリーマンらしい欠点ではあった。
 とはいえ、『オシリスの眼』は古典だけあって、ミステリ研究家によるこれまでの議論の集積も生半可ではない。そのエッセンスは文庫版のあとがきでも解説したが、先人の研究のおかげでやっかいな引用句の出典なども比較的簡単に突き止めることができた面もある(もっとも、なかには独自に突き止めたものもあるが)。
 一、二、例を挙げれば、レックス・スタウトの研究家としても知られる、ボストン・カレッジのジョン・マカリーア教授は、『オシリスの眼』のベリンガム事件が1849年に米ボストンで起きたパークマン=ウェブスター事件をモデルにしていることを突き止めているし、“John Thorndyke’s Journal”の編集者だったデヴィッド・イアン・チャップマンなどは、献辞にイニシャルの出てくるアリス・ビショップ夫人がルース・ベリンガムのモデルであることを推測している。
 あとがきでは触れなかったが、オシリス神話との関連で興味深い議論を展開しているのは、ジョン・H・ディルクスの“The Eye of What’s-His-Name”(1983)。プルタルコスの伝える神話によれば、オシリスを殺害した弟のセト(プルタルコスの表記ではテュポン)は、オシリスの遺骸をバラバラに切断して各地にばらまいたとされる。
 ディルクスは、ここから、『オシリスの眼』において行方不明となったジョン・ベリンガムの遺骸と思しきバラバラの遺骨が各地で発見される経緯は、このオシリス神話のエピソードをベースにしていると推測している。『オシリスの眼』では、シドカップ、セント・メアリ・クレイ近くの池、リー近くの池、ククー・ピッツ、ステイプルズ・ポンド、ボールドウィンズ・ポンド、ウッドフォードの井戸、と計七か所で遺骨が発見されるが、これがオシリス神話で描かれる遺骸切断のエピソードと数も一致しているというのだ。ディルクスはさらに、ルース・ベリンガムはイシス、ポール・バークリーはトト、そして、ソーンダイクは万物照覧の目を持つホルスを象徴していると想像を膨らませている。
 しかし、これは出典の違いによるのかもしれないが、プルタルコスのテクストでは、セトはオシリスの遺体を14に切断してばらまいたとされていて、ディルクスの議論とは数が合わない。さらに、『オシリスの眼』の初稿“The Other Eye of Osiris”(1999)が公になった今では、遺骨がばらまかれるエピソードはもともと副次的なものにすぎなかったし、ばらまかれる場所もさらに限られていたことが分かっている。ディルクスの議論は、なかなか興味深くはあるのだが、いささか思弁が行き過ぎた感もあり、そんなこともあって、文庫版のあとがきでも敢えて触れなかった。
 とはいうものの、こんな議論からも、ちょうどシャーロキアンによるホームズ「正典」の研究のように、『オシリスの眼』がいろんな角度から研究されてきた古典だということが分かっていただけるだろう。手にされた読者の方には、そんな楽しみ方も味わっていただければ幸いである。
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