脱線の余談――『オシリスの眼』と『犬神家の一族』

 『オシリスの眼』は、古典というだけあって、後の作品にも影響を与えたものが少なくない。シミルボンの書評でも言及したが、J・J・コニントンの『九つの解決』(1928)やダーモット・モーラーの“The Mummy Case”(1933)は、もちろんそれ自体優れた作品だが、直接的な影響を受けた作品の代表例だ。
 だが、もう一つ、もしかするとそうではないかといつも心をよぎる国産ミステリがある。横溝正史の『犬神家の一族』(1950-1951)だ。
 奇想天外な遺言書をきっかけに事件が発展していく点、そして、大団円の付け方が、妙に似ていると思えて仕方がない。そう思うのは、おそらく私だけではあるまい。敢えて言えば、(両作のプロットに触れてしまうので言いにくいが)「〇〇〇〇し」テーマを採り入れている点もそうだ。(「犬神」は「ベリンガム(Bellingham)」から連想して付けた名前か、と思うこともある。)
 といっても、似ているとはっきり言えるのはその程度で、『九つの解決』や“The Mummy Case”ほど、影響を受けたと明瞭に分かるほどではない。だから、ただの偶然だと言われれば、そうかもしれないとも思えてくる。ただ、横溝氏は原書で海外ミステリを読んでいたというし、自ら翻訳を手がけたこともある人なので(私もヒュームの『二輪馬車の秘密』は横溝訳で読んだ)、あり得ないわけでもないだろう。(あるいは、大正九年から「新青年」に連載されたという保篠龍緒訳『白骨の謎』を目にしていた可能性もある。)
 実際に影響を受けたかどうかはともかく、今日の視点で読んで、両者に接点を感じるのは、プロットだけではない。時代を感じさせる作品という点でも実はそうだ。
 『オシリスの眼』は、エドワード朝時代のロンドンを彷彿とさせる描写が魅力の一つだが、『犬神家の一族』も、戦後間もない日本の地方の描写が独特のオーラを放っている。現代の同じ町、土地を知ってはいても、自分が体験したことのない時代の、二度と再現できないその町の姿や人々の様子を生々しく伝え、過去に思いをはせるきっかけを与えてくれるのは、同時代に書かれた作品ならではの魅力だろう。
 そう思うようになって以来、『オシリスの眼』の結び部分に来ると、なにゆえか、私の頭の中では、大野雄二さん作曲の「愛のバラード」が鳴り響いてしまうのだった(笑)
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