『オシリスの眼』の小説としての面白さ

 ‘John Thorndyke’s Journal’第5巻(1993年冬)に、‘Austin Freeman’s Finest Work?’という論稿が掲載されている。執筆者は、ジョン・サッカー。レスターシャーのカービー・マックスロー出身の元校長で、「ディケンズ・フェロウシップ」の会員。“Edwin Drood – Antichrist in the Cathedral”(1990)という『エドウィン・ドルードの謎』に関する研究書を出している。
 ここでいう「フリーマンの最良の作品」とは、もちろん、『オシリスの眼』のことである。だが、サッカーの挙げる理由は、謎解きとしてのプロットやロジックにあるのではない。推理の興味と恋愛要素をうまく融合しているところにあるのだ。
 ソーンダイクも、バークリー医師やルース・ベリンガムに見せる思いやりに示されるように、法医学的な推理の能力だけでなく、人間的な温かさを持っているし、それは『ポッターマック氏の失策』のようなのちの作品でも顕著である。ドイルが創造したホームズに見られるように、推理小説作家の多くは、探偵に人間味のない科学や推理の能力を付与することはあっても、人間的・道徳的な個性を付与しすぎないようにしがちだが、ソーンダイクは決してそうではないというわけだ。
 こうした点を踏まえながら、サッカーは、「『オシリスの眼』において第一級の小説家としての資質を示した」とフリーマンを称賛して論稿を結んでいる。
 同書における恋愛面の要素や描写などは、やや陳腐なサブプロットのように思えてしまうところもあるのだが、むしろそうした面を積極的に評価しようとする識者の意見もあることは興味深い。確かに、ソーンダイクに人間的な温かみが顕著だからこそ、登場人物同士の個性のコントラストも際立ち、ストーリーを一層読み応えのあるものにしていることは事実だろう。
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